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zoom RSS 日本中世に何が起きたか(網野義彦) を読む

<<   作成日時 : 2016/10/05 00:36   >>

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時間つぶしに立ち寄った図書館でふと目に留まって読み始めた。
この本は雑誌や講演の原稿をまとめてあり、メモのようだがそれぞれ面白い示唆を含んでいる。
やはり、中世、とくに後醍醐天皇を前後して、歴史は大きな転換点であったようだ。

つまり、全国的に経済活動が活発になり、市庭(いちば・市場)の出現が、多種多様な職業人の出現をうながし、それとともに、今まで朝廷(神)に属していた人々が、商業活動により新たな身分制の中に組み込まれるようになった。
たとえば、遊女とか白拍子は、本来は雅楽寮という官庁に属する芸能民であったものが、14世紀(南北朝の乱)を境にして、差別されるようになった。それは、市場経済の進展と無関係ではないという。すなわち、それまでに比べ神や天皇の権威が落ちてきたということと関係があるという。


「悪人」の悪には、常識的な生き方と違い、何か人間の力の及ばぬ力に動かされている。といった意味がある。狩猟や漁労といった行為も、食料を得る手段のほかに、一種の闘争本能を掻き立てるものがあり、殺生は悪であると。また、金融や商業は、米や銭を貸す行為は、一度神に預けたものを資本として、利息を得ることができる。しかし、その範囲を超えて、富への欲望に取りつかれてしまうと、それは悪であると。

「穢れ」死とか生の不均衡が起こった時に、その落ち着くまでの期間が「穢れ」で、穢れは伝染すると思っていた。

大声を出すこと、太鼓を打つこと、鐘を打ち鳴らすことは、心霊と交わる契機のようなものがあるため、みだりにしてはいけない。「おらび声」はうっかり出すことは非常に忌避されていた。

これでふと思い出したのが、水木しげるの作品にある「やわたのおろち」に出てくる呼子である。主人公は「おらび声」を出したために、呼子にとらわれ異次元の世界に入ってしまったのだった。



あと「一遍上人絵巻」に出てくる「徳人」
11世紀に神人、供御人、寄人といった神仏の直属民は、12世紀になると広域的な商業、交通、金融のネットワークを形成していた。13世紀になると、貨幣経済の進展とともに、新たな商業人、金融人、輸送業者の出現を見、絵巻に登場する「異形」の「ばさら」な人物がそのような民ではないかという。



なかなか、中世は面白い時代であることを再認識した本だった。








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