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zoom RSS 白洲正子の墓所に参る

<<   作成日時 : 2016/11/29 18:00   >>

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仕事場のすぐ近くに白洲正子の墓碑があるのは気が付いていたが、
最近、白洲正子の自伝を読んだので、墓参に行くことにした。
わざわざ身内でもない人の墓参などと思うかもしれないが、
あの、目利きの白洲正子が先だった夫、白洲次郎の墓碑を自分でデザインして、
自らの墓碑も作ったということに興味があったのだ。

仕事場から、歩いて15分ほどのところに「心月院」という三田藩主 九鬼家の菩提寺がある。
ここに、三田藩の家老を務めていた白洲家の墓所もある。
そこに白洲正子と白洲次郎の墓もある。



三田市街地から少し離れた新興住宅地の坂を登りつめた高台に心月院はある。
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建物のほとんどは江戸時代のものであるという。
人気もなく閑静な佇まいで、気持ちがよい。


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山門をくぐり総門を入ると、手入れされた石庭が迎えてくれる。

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石庭の奥は本堂で、本堂の縁に座って白州を眺めるのも感じがいい。
本尊に手を合わせ、本堂に展示してある、三田藩九鬼家、また白洲家の展示を見る。
九鬼一族はもともと九鬼水軍であり、関ヶ原の合戦以後、内陸に封印されてしまった。
水軍というだけあって、鉄張り軍船を作ったりして技術に優れた武士集団だったようだ。

本堂から裏手の墓所に上がり、白洲家の墓所を探す。
奥手のほうに案内板がありすぐに見つかる。

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この墓碑は、夫 白洲次郎が亡くなった際に、正子がデザインして木辰夫という石工に造らせたものである。
石材は黒小松石というもので、料亭の庭の石橋の廃材であるという。
形は五輪塔をかたどったもの。
いかにも、白洲正子らしいすっきりした墓碑である。

手を合わせて、思う。
白州正子、白洲次郎といえども、人間、亡くなれば皆同じなのである。

白洲正子もそのことを十分知ったうえで、このような簡素な墓碑を建てたのだ。


帰り際、九鬼家の墓所があった。
ここは、さすがに立派な墓碑が立ち並んでいる。

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立派なのは、本人は見ることはできない。
後の人が、威信を示すためのものである。


白洲正子らしさを感じて墓所を後にする。








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