桃太郎と邪馬台国  吉備津神社と鬼城山を訪ねる

みんなが知っているおとぎ話から
日本古代史の謎にせまる、興味ある内容。
時間を忘れて読み終えた。
桃太郎は吉備(岡山)のキャラクターになっているが、
やはりそれなりの理由があったのだ。
桃太郎の従者が「犬、猿、雉」である意味も読み解く。

3年ほど前、吉備路に遊んだ折、
「吉備津神社」や温羅伝説のある「鬼城山」を訪れた。
このとき、かなり大きな古代国家がこの地にあり、
大和統一の過程で、
大がかりな(長い)闘争があったと感じていた。

この写真は「鬼城山」から、瀬戸内海を望んだ風景である。(2004.1.31)

画像


この鬼城山は朝鮮式山城の遺構があり、現在石垣などが発掘されている。
吉備の伝説の鬼は「温羅(うら)」と言われていて
百済の王子であると言われている。
古代吉備王国の長の一人だったことは十分理解できた。
しかし、吉備王国の経済基盤は何だったのか、そのときは分からないでいた。
立地条件から、瀬戸内海の海運から得る益のようなものかなどと考えていた。

しかし、この本を読むと、その経済基盤が製鉄にあったのではないかと思う。
古代製鉄は朝鮮半島から技術移転したことは、
温羅が百済の王子であるということと符合するし、
「鬼城山」から流れ出る川は「血吸川」という恐ろしい名で
温羅伝説の中では、温羅が流した血で赤く染まったと言われている。
これは、多く鉄分を含むため、川が赤いと解釈できる。

吉備津神社には大きな鉄釜に湯を沸かして吉凶を占う儀式があり
この由来は、温羅の霊が吉備津彦の夢に現れ告げたことだという。
大きな鉄釜というのも関連がありそうだ。
ということで、古代吉備王国は製鉄を経済基盤として栄えたが
鉄の利権を狙う、大和朝廷(桃太郎)により征服されたということか。
まるで、出雲のヤマタノオロチと尾から出た太刀(鉄)の関係に似ている。

本書によると、吉備王国の最大勢力範囲は加古川あたりだったという。
となると、
加古川右岸の高砂にある「石の宝殿」遺跡との関係も興味あるところだ。
石の宝殿→http://beret-west.at.webry.info/200608/article_5.html

本書はほかに、
「一寸法師」と住吉神話では
住吉大社の秘密と、なぜ大阪に応仁陵と仁徳陵があるのか。

「浦島太郎」と卑弥呼の特使では
浦島太郎とはだれか。
竜宮城はどこか。
玉手箱とは何か。を解き明かす。

そして、魏志倭人伝に出てくる諸国と「邪馬台国」との関連。
古代史ファンにお奨めの1冊だ。




桃太郎と邪馬台国

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 熊山遺跡と頭塔

    Excerpt: 昨日「世界不思議発見」を見ていたら、 ベレー帽意欲をそそるものがあったのでメモする。 「ボロブドゥール遺跡」に類する遺跡が日本にもある。 Weblog: ベレー帽通信 WEST racked: 2007-01-21 12:26
  • 諏訪大社上社 に参る (beret-expedition 2007 §2)

    Excerpt: 諏訪博物館の前は、諏訪大社上社の門前である。 博物館で仕入れた知識をもとに、さっそくお参りすることにする。 諏訪博物館から参道を入り、鳥居をくぐると 本殿入口への階段があるが、実はこれは登っ.. Weblog: ベレー帽通信 WEST racked: 2007-09-15 09:58