今日、ホームレスになった

「ホームレス」と一言で言うけれど、
それぞれ様々な事情があって、ホームレスになる。
実際のホームレス13人をルポルタージュしている。

みんな「自分がこのようになるとは思ってもいなかった」
というところが、明日はわが身と、考えさせられる。

どうしてホームレスになってしまうか。
ホームレスはどのような暮らしをしているか。
我々が知らないその実態がありありと分かる。

もう、20年も前(1987年)に出版された
村上龍の
社会格差が広がる、近未来日本を描いた
「愛と幻想のファシズム」を思い出した。


年もおしせまって、重たい1冊だった。


メモ
住所不定 就労困難
日雇い 雑誌拾い 廃家電回収 アルミ缶集め 古紙回収
非合法ビジネスの使い走り


今日、ホームレスになった―13のサラリーマン転落人生


愛と幻想のファシズム〈上〉

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この記事へのコメント

備前屋
2007年01月01日 01:22
 何とdeepなことに関心があるのだろうかと思ってしまう。ホームレスになったら・・・これは私の根底にいつもあることでした。とくにどうってこともなく時は流れ去りますが、私は幼少の頃にひっかかるもがあって、一人で生きるためにどうしたらいいかと云うことを何時も忘れることはできませんでした(大学に入るまで)。小学校5年生の時、親爺に言われたことで、“わしらは何時までもいると思ってはならない。自分で生きれるようにしなさい。”非常にショックで寝る時、蒲団の中で涙しました。それから大学生~40歳くらいまで忘れてのほほんとするのですが、お袋が亡くなった2001年(46歳)に強く思い出し、会社を辞めることにしました。それは、“好きなことをしなさい”と云う言葉を思い出したからです。それは、ある意味、ホームレスを意味します。
くま
2007年01月01日 12:39
おめでとうございます。
正月早々、deepな話題になりますが、人間一番幸せなのは、衣食住に困らず、好きなことができることです。そういった意味で、古代ギリシャ人やローマ人(市民階級)はそれを追い求めていたということで、興味があります。一方で奴隷の存在を忘れることはできませんが。
あと、日本人では、古くは利休や松尾芭蕉のような人物、近代では種田山頭火のような自由人がホームレスと紙一重のところで、自分の表現を高めた人だと思うのですが。
備前屋
2007年01月02日 12:50
 おめでとうございます。
山頭火について、つい最近(昨日)まであまりいい印象を持っていませんでしたが、この、くまさんの記事を見て、山頭火について再び考えました。印象の良くない理由は、山頭火が花街で物乞いしていた時、女郎から金銭を恵まれるのですが、それを使って買ってしまうという点でした。雲水として行をしている自分を愚かしいと思う句を読むのですが、何とふしだらな人と感じたからです。しかし、良く考えてみると、女郎屋の女郎も山頭火も同じ境遇なのではないか?貰った金銭で買う行為は至極の憐れみの情ではなかったか?と思い、悪印象を払拭することができました。フィールドで、“わけいってもわけいっても山の中”の句を時々思い出していたのも変な話です。山頭火の終の棲家“一草庵”が松山にありますので、興味があればご来松下さい。
くま
2007年01月02日 20:12
へぇ、山頭火について、そんなエピソードがあるのですか。実は私の印象も、「なんとなくええ加減な人」という気がして、あまりよくありません。酒好きで、家族を捨てて好き勝手していますもの。一方で、そんな自分にどうしようもなく、何かを探して旅していたのかもしれません。自分探しかな?松江に行った折は「一草庵」訪ねることにします。

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