網干から赤穂までの海岸線を走る (網干・室津・坂越)

秋晴れのいい天気。
サイクリング仲間と網干から赤穂までの海岸線を走る。
交通量の多い国道を避けて、
古い街道と町並みを選んで走った。
自転車で走るには最適のコースだった。

網干(興濱)の古い町並みを通りかかると
ちょうど秋祭りの屋台を引き出しの最中で
テコを使って方向転換するところに出くわした。

画像


祭り屋台は大阪湾岸から播磨、淡路地域に多く見られるが
その形態はいろいろあって
調べてみると面白そうだ。

ここの屋台は、担ぐのでもなく、
車輪がついて転がすのでなく
修羅のように、引きずっていくという
移動には一番手間のかかる形である。
見ていると、動かし始めが一番力が要るところで
大変そうである。

先日、諏訪で見た、御柱祭の大木の引き回しを思い出した。




海岸線を「室津」へ向かう。
室津は、狭い通りが、必要以上の自動車の進入を拒み
それゆえ古い面影の残る港町だ。
一昨年訪れた、鞆の浦を少し小さくしたような港町である。

古く平安時代から
瀬戸内航路の重要な寄港地として
かなりの物資と資産が蓄積した地である。

岬には賀茂神社があり
賀茂という名前の示す通り
京都賀茂神社の神領であった。
社殿は、桧皮葺の重要文化財である。
そんなに棟は高くないが、秋空に映え美しい造りだ。

画像






次は、入江の奥深い相生湾を廻り、ここも古い港町である「坂越」を訪れる。

蘇我入鹿に追われた秦河勝(ハタノカワカツ)が
難を避けてこの地に来た(避け来し)が転じて、
坂越(サコシ)になったとか言われている。

秦河勝を祀る「大避神社」も残っている。
社殿も古く趣深いが、鳥居の階段から見える海はいい景観である。

画像


この写真の海の向こうに見える島は「生島」といい
秦河勝の墓所になっていて
神社林で人の手が加わっていないので、
原生林として残っていて貴重である。

そのようなわけで
「生島」はすでに大正13年に天然記念物の指定を受けている。
10月第2土日には、「大避神社船祭り」で
年に1度だけ渡れるそうだ。
1週間来るのが早かったが、ぜひまた訪れたいものだ。


秦河勝はあまりなじみのない人物だったが
渡来系の秦氏の長とも、
聖徳太子のブレーンだったとか、
太秦の広隆寺を建立したとか言われていて
今回ベレー帽のマークすべき重要人物になったのであった。
(結構、秦氏関連の地名は全国にあるよね。)


坂越は千種川と瀬戸内海をつなぐ港として栄えた。

高瀬舟で千種川の岸辺についた物資は、
坂越の坂越大道という小さな峠を越えて、
坂越港から瀬戸内海航路で各地に搬出され、
逆に海路を経た物資は、ここで高瀬舟に積み替えられ
内陸へと向かった。
物資の中継地点である。

千種川の上流には、たたら製鉄で有名な千種がある。
ひょっとすると、大陸系の秦氏は、
この製鉄にも関わっていたのではないか
と、勝手な推測をしたりする。

画像


これは現在の坂越大道である。
町並み整備されてとてもきれいだ。
ただ、きれいすぎて、生活の匂いがない。

一緒に行っていた、I さんも、
「人がいないねえ」とぽつり。
過疎かもしれないが、なんとなく寂しい。

抜けるような青空
人のいない白壁の道
そうそう、写っている自転車の車輪で連想したけれど

たぶん「キリコ」の絵で (玖保キリコとちがうでー)
人のいない白い塀の続く街角を
少女が車輪回しをして走る絵。

デジャヴ、白昼夢。
なんか、そんな風景。

しかし、「坂越」は何か古代日本の謎を秘めた場所のようだから
ぜひまた、ゆっくり来てみよう。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い

この記事へのコメント

beret-east
2007年10月13日 21:47
たしかこのルートは冬合宿と称して、一度走ったところではなかったかしら?こういう「地方」文化の多様性と豊かさ、ネットワークの広がりには本当に驚かされることが多いですね。現在は地方のいろんな意味での荒廃が本当に深刻だと思いますが、こういう豊かなものが残されていることに感謝しながら、beretをかぶって日本各地での活動を続けたいものです。
2007年10月14日 09:51
そうそう冬合宿ありましたね。あのころはあまり落ち着いて風景を見る時間がなかった気がしますが、このごろは結構その時間のほうが多いかな。これもberetのなせる業かもしれないですね。

この記事へのトラックバック

  • 「渡来の民と日本文化」(沖浦和光・川上隆志)を読む

    Excerpt: 播磨に勤務して何年かが過ぎた。 この地に残る、一種独特の技術風土を感じていたが それが何からくるものか考えていた。 この本を読んで、その疑問が解き明かされた。 Weblog: ベレー帽通信 WEST racked: 2008-07-13 00:14