ボローニャ紀行(井上ひさし)を読む

画像

(傾いた石の塔のあるボローニャの街角2003.6)

5年前にイタリア旅行したとき、
昼食に立ち寄った街がボローニャだった。
狭い通りにたくさんの塔が乱立している面白い町並みだったが
そのとき、直感的に何か只者でない街の雰囲気を感じて
また、ゆっくりと訪ねたいところだと思った。
この本を読んで、なるほど確かに只者でない都市だと認識を新たにした。

以下メモ

大学組合の都市
37ものミュゼオのある都市
協同組合の発達した都市
演劇の町

行政には頼らないで自分たちで議論して町おこしをしている。


ボーロニャはレノ川の水を引き込んだ絹織物で富をなした。
この紡績機の機械仕掛けのノウハウを応用して、
ティーバックと薬品の包装機械の世界トップのIMA社がある。
しかし、IMA社は会社規模を拡大せず、分社化している。
分社化のとき技術を持ち出すことはできるが
同じ分野の包装機械の会社は作らない。

ボローニャ産業博物館はおすすめ。




ラソック ボローニャ ブラック 15.0cmラソック ボローニャ ブラック 15.5cm

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この記事へのコメント

beret Est
2008年06月08日 13:20
国家というレベルじゃなくて、自治体というレベルで考えてみたとき、イタリアの自治体は非常に高いレベルにあるんじゃないでしょうか。広域的な国は発達せず、都市が昔から非常に発達していた文化が背景にはあると思いますが。国際比較というといつも国レベルのGDPとかになってしまうんだけど、技術にしても、教育でも、医療でも、本当はコミュニティレベルでの自治と自律が効くのではないのだろうか。クラスター爆弾の条約の合意には、ノルウェー政府とノルウェーのNPO組織の協働が重要であったとの報道がありましたが、あれぐらいのサイズの国家になると、国家ではなく、自立的組織の連合とみたほうがよいことを示していると思います。日本は中途半端に大きく、ノルウエーのようにもなれないし、都市の発達の歴史のあるイタリアのようにもなれない。日本でも、東京ではない、地方にこそ本当のパワーが秘められているはず、それを勇気付けるヒントがボローニャにはあるのかもしれない。
2008年06月11日 00:34
イタリアの多くの都市は基本的に商業自由都市なのですね。ベニスなんかもそうでないかしら。
日本の堺も、結構自治権を持っていたのではないかしら。
自治を行うならやっぱり経済力が必要な気がします。そういった意味で日本の地方都市はちょっとしんどいかなと。

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