補陀洛渡海とは何か ((beret-expedition2008 §9)

平安時代の始め、
南海の彼方に補陀洛という
浄土があるという信仰が生まれ
ここ、那智の海岸から
わずかな食糧と水を積み込んだ小舟で大海へ。

その名も、補陀洛山寺。
補陀洛渡海した25人の上人の墓がある寺を訪ねる。


これは那智参詣曼荼羅絵図であるが、
この最下部を見ると補陀洛渡海を実行しようとしている。

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これをモデルに復元した小舟が補陀洛山寺に展示されている。

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ひとり座って、入れ口を閉鎖して、お経を唱えながら流される。
自殺行為である。
東北へいくと、生ながらミイラになる
即身成仏があるがこれと似通ったところがある。
ちょっと、現代の思想では及びのつかないところだ。

同行のwestに言わせれば
「死に際のものを、舟で流しただけだ」とドライなご意見。




南海の彼方にある浄土とは何か。
「常世伝説」や「蓬莱島伝説」を連想する。



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熊野から那智にかけて、小石ばかりの七里御浜が延々と続くが
人の足だけでこの海岸線をたどったころ
繰り返す波の音、果てしない海原との境界線で
人は生と死との境を感じたのではないだろうか。



補陀洛山寺の隣には熊野三所大神社がある。
神仏習合の典型であるが
おそらく神社が先であろう。

入れ口に楠木の巨木が残っている。

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この巨木は25人の補陀洛渡海を見ていたに違いない。








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