「一ノ谷の戦い」の跡を訪ねる

源平合戦の激戦の地として有名だが、
近くにいながら、いつも電車や車で通り過ぎてしまい
訪ねたことがなかった。
須磨駅から海岸線をたどり一ノ谷に着く。


付近はまったく古戦場の風情を残すものもなく
わずかに「源平史跡 戦いの浜」の石碑が残るのみである。

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肝心の一ノ谷は、マンション群が乱立している。
この一ノ谷は、東に一ノ谷川、西に赤旗谷川という支流になっている。
赤旗谷の地名はまさしく、平家の赤旗がひしめき合っていた谷のことであろう。

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これが赤旗谷川を下流から望んだところだが、雑草の生い茂る寂れた谷である。


ここから、小道が西の高台に延びている。
これをたどると、「安徳帝内裏跡伝説地」に行くことができる。

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住宅地の中の小公園に石碑が立っている。
付近を観察すると、この一角は高台になっていて
南は海、東西は谷、北は鉄拐山に阻まれ
自然地形を生かした陣として適地である。



Googleマップで付近の地形を切り出してみたら、このことがさらによく分かる。

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義経の逆落しについては、緒論があるようだが
いずれにせよ、平家は一ノ谷の戦いで大敗し、屋島、壇ノ浦へと逃れる。



これは、安徳帝内裏跡から見た、明石海峡である。
すぐ下に、屋島へと逃れる舟が待機していたのであろうか。

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いまも、一ノ谷川は、国道2号線とJRの下をくぐり、明石海峡へ流れている。
わずかに残る砂浜には葦が生えている。
当時も同じように葦が生えていたのだろう。
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平敦盛もこの浜から、待機する船に乗り込もうとしていた。
熊谷次郎直実によって捕らえられ、最後を遂げた平家物語の一節を思い出す。


冬の日の実に濃密な歴史散歩であった。


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