京都の街並の個人商店について考える

久々に京都に用があり出かけた。
目的地まで、地下鉄でなくバスで移動する。
JR京都からバスに乗りながら、
町並みを見て感じたことは、
個人商店がまだまだ健在で、表通りに軒を連ねているということ。

これは、全国的にも珍しいことではないか。
神戸の町も、通りに面して個人商店が連なっているところは稀になった。

これは、どういうことだろう。
個人商店が健在ということは、商品も求めるという行為が
単に必要な商品を手に入れるだけでなく
売り手と買い手の繋がりが重要視されているということになる。

子供のころ、近所の店に、お使いに行かされて、
お店の人にお世話になった記憶がよみがえる。
このごろの子供はこのようなことは経験しているのだろうか。

商行為は、単に目的の品を手に入れるだけでないものがあると
再認識した京都であった。

帰りに「阿舎利餅」を買って帰る。
20歳のころ、京都にデートで来たとき
彼女が「おみやげにいいのよ」と教えてくれた。

あのときは、加茂川近くの店で買った記憶がある。
今日は、駅の伊勢丹の地下で10分も並んで買う。

同じものを買うにしても、思い出は違う。



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