「千三家」探訪の旅 (beret-expedition@京都西陣)

京都に行った用の帰り、以前、茶道を習っていたので
「千三家」をテーマにベレー帽することにした。
堀川通を北上していくと、今出川通の手前に「清明神社」がある。
夢枕獏の「陰陽師」の小説や映画の影響なのか、境内は若い人で賑わっている。
中には韓国語も聞こえてくる。
画像

清明神社の中に「清明井」なるものがあり、
解説には「千利休もこの水を使ったかも」と書いてある。
千利休の屋敷は清明神社の境内地にあったらしいからそうかもしれない。



堀川通を横断し、中央図書の敷地の茂みにひっそり立つ
「耶蘇教会跡」の石碑を興味深く見ながら、
小川通を少し入ったところに「武者小路千家」がある。
画像

あまりにも一般の民家の中に挟まれてあるので
「官休庵」の石柱がなければ、見過ごしてしまうところだった。



到底、中には入れそうにないので前を通り過ぎて今出川通に出る。


今出川通を横断すると「白峯神社」がある。
画像

社殿には、サッカーボールやラクビーボールが供えてあり興味を引く。
蹴鞠の神様で地主社の「精大明神」を祀るところかららしい。

境内には「潜龍井」なる名水がある。
ここも何か茶道に関連がある場所の気がする。



そのほか、クーデターで四国に流された「崇徳天皇」と淡路に流された「淳仁天皇」を祀るとある。
淳仁天皇は「淡路廃帝」と呼ばれ、近年まで名前すらなかった天皇だ。


淡路の三原平野の一角に「淳仁天皇陵」なるものがあるが、
古墳にしては、えらく形が崩れている奇妙な墳墓地である。

淳仁天皇陵 2004.4.18探訪 撮影 (淡路三原)
画像




白峯神社の北には普通の家の角に「本阿弥光悦屋敷跡」の碑なんかがあったりして
ふーんと感心する。
ここいらはどうも文化の中心地だったようだ。

画像


何だかデジャヴに襲われる。

寂れた「報恩寺」の境内を抜け、
通り抜けする車の多い寺之内通から、静かな小川通に入ると
「表千家」(不審庵)
画像

植木屋が中に入っていたので、覗き見る。


隣が「裏千家」(今日庵)
ここは向かいにガードマンが張り付いていて写真をとるのもはばかれる。
画像



裏千家の向かいは「本法寺」
手入れされた静かな寺内だ。

ここは、秀吉の朝鮮出兵の戦後処理に来日した
「朝鮮通信使」が滞在したところらしい。
なかなか興味深い場所である。
画像



本法寺の南にある「茶道資料館」に入館する。
淡交会の会員だったので割引で入館できた。


特別展「文房具展」をやっていた。
文房具とは、中国、朝鮮の文人が自分の書斎においた筆、硯、墨などのことで
これらは、単なる筆記道具でなく、文人の書斎を飾り小宇宙を形成する道具ということらしい。
なるほど「ミクロコスモス」とは「思想を想像する空間」を言いえている。

2階の図書室は誰もいなくて、
広い窓から隣の本法寺の庭が見えて、
近くなら書斎代りに毎日でも利用するのもいいなあと思う。

2階には「又隠庵」の写しも展示してある。
最後に、お茶席で一服いただいて、「千三家」探訪の旅を終わる。











ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック