二上神社 倭文と掃守の地名 (beret-expedition2009§4)

二上山の上り口に二上神社があり、
倭文神社と掃守神社が合祀されている。

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倭文(しとおり)は機織を伝えた大陸系の民である。
淡路島にも倭文という地名があり、
その近くにも、掃守(かもり)という地名があるが
掃守とは何か知らなかった。

掃守は蟹守で
箒をもって産室の蟹を払う役だという。

清め、祓いを専属にする部族か。
あるいは出産を助ける産婆のようなものか。
だとすると産室の蟹とは何を意味するのか。

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この記事へのコメント

beret-e
2009年10月20日 20:48
この山を守っていたのは明らかに非農耕の人たちだったんでしょうか。五木寛之「風の王国」の世界ですね。それにしても二上山は思ったよりハードなハイキングコース。奈良側からみた日没時の二上山はとても美しかった。
2009年10月24日 23:13
私は、残念ながら、宿を探すのに精一杯で、日没の二上山をゆっくり見れませんでした。
宿をとった大和高田は、昔は繊維産業で栄えていたとは、いまは当時の面影はどこにもないですね。
たぬき
2013年08月02日 12:46
淡路国三原郡の延喜式に記載の筆頭は大和大國魂神社の名神大社で淡路二宮。(いにしえの朝廷は、一宮(淡路筆頭)の伊邪那岐神社よりも実質的には手厚い(税の配分)扱い)
創建は不詳ながら、社伝~は本社の大和神社創建とほとんど同時期(大和神社創建の神主がこちら様の創建に関わる云々。)と拝察されるかと思われます。
このお方は、天火明命(天照国照彦天火明命。、、天照皇大御神)の三世孫(天村雲命(イタケ、イタテ、、出雲族の援助により倭の初代大王となる云々の伝承を漏れ聞きます、神武天皇のリアルモデル)の御子)の珍彦、椎根津彦(天の御蔭命。)、倭宿禰命。の子孫。
この辺りには幡多地区、榎列(エナミが大字)掃守 。並び倭文(シトオリ、ヒトオリ、シトリ)が取り囲んでいます。
秦さんやらない長尾さん等も住んでいます。

カモリ、、カニ守の深奥の意味は、何でもカニ(カネ.、な行の母音転化)は鉄や銅などの金属、、。此を守るの意 。転じて武器を管理し守る
高は、カゴ、カグの読み方(古語)があるそうです。
カグ、カゴは、同じように金属を表して、転じて武器を意味する云々。
高倉下命。は此から武器を納めた蔵の管理者(大王、領主。)
beret-west
2013年08月05日 22:06
たぬきさん
コメントありがとうございます。やはり、淡路は古代ヤマトと深いかかわりがあるようですね。確かに淡路三原には幡多、倭文など、いわくありげな地名がかたまっていたことを思い出しました。
カニは金属、ひいては武器を表しているとはこれまた面白いです。箒を持って産室の蟹を払うというのはということは、後継者が生まれる際に、武具で警護を担当したのかもしれませんね。
全国の地名の意外な結びつきがわかり、面白い限りです。また、ご教授お願いします。

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