樽見の大桜「仙桜」を見に行く 大屋町樽見

樽見の大桜の話は、もう30年ほど前から聞いていた。
花の時期に、なかなか機会がなく、何年も過ぎてしまった。
今回を逃すと、もうたぶん行けないだろうと思い行くことにした。

画像



桜の下で弁当を食べるのもいいと思い、昼に着くように出発する。

大屋川を遡る。
山の斜面に集落が展開する。
いい人文的景観(Landschaft)だ。
画像



但馬の春は、桃もモクレンも桜も一度に花を咲かす。
途中、通りかかった村の運動場で近所のおばさんたちが花見の準備をしていた。
画像



口大屋樽見から農道が山に通じていて、
途中の駐車場まで車でアクセスできる。
駐車場から山道を1kmほど登る。

山道の両脇は石垣が積んである。
猪除けの石垣かと思ったが、後程これは
大変なものであるということがわかる。
画像


汗が出始めたころ、視界が開け、目の前に大桜が見えてくる。

まるで河原のような光景だが、実はすべて石垣の跡である。
案内板にあるように、これはこの地で養蚕が盛んなころ、
ここいらは一面の桑畑で、桑畑を開墾した際に出た石を
石垣として積んだものが残っている。

画像

今は残念ながら生い茂った草が枯れて、あまりよい景観とは言えない。





見事な老桜だ。
画像



案内板によると
樹齢は千年を超え、
元禄年間(1688-1704)にはもっとも樹勢がよく、
枝は20間(36m)四方に広がり花が咲くと白雪に覆われたようだったという。
文政年間(1822)に出石藩の儒学者 桜井舟山が「仙桜」と命名したとある。




エドヒガンという種類の桜で、この種は樹齢が長いものが多いという。
確かに、桜色というより白い花だ。
画像


少し高台まで登り、持ってきたノンアルコールビールを片手に
仙桜を見る。

遠く江戸時代の出石藩士が来た。
明治時代、桑畑に来た農夫たちも手を休め、桜に見入ったのだろう。

画像



休憩所の中に、
昭和2年の天然記念物指定の注釈のコピーが貼ってあり、
面白い記述があった。

この桜は、本邦(朝鮮を含め)19位の古木であるが
土人(地元の人のこと)は周りに杉檜を植えてしまって、
樹勢が弱っている。
利よりも、もっと桜を大切にしてもらいたいと書いてある。
画像


服装からおそらく昭和20年代かと思うが、
一緒に女学生が遠足か何かの折に
大桜と一緒に撮影した古い写真があり、ほほえましい。

画像


どれほどの人々がこの老桜を見に来たのだろうか。
逆に、この老桜は何人の人々を見てきたのだろうか。
この桜が見てきた時間の流れに思いをはせる。

私も、おそらく、ここにまた来ることはないかもしれない。
桜はここに居続ける。

いつまでこの老桜はここに居ることができるのだろうか。

この桜は私の記憶に、黙って居続けることだろう。















日本の桜 (フィールドベスト図鑑)
学習研究社
勝木 俊雄

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 日本の桜 (フィールドベスト図鑑) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック