養父大庄屋館(旧長島家住宅)・養父市民俗資料館 を訪ねる

大庄屋は庄屋を統括する庄屋である。
大庄屋の家屋が残っているので見に行く。
旧養父町小城の山の上にある。
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敷地面積3718㎡ 建物892㎡ 部屋数21
周りには使用人が住んだと思われる屋敷跡の石垣も残っている。

2階の広間
浪打ガラスの窓が残っている。
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1階には茶室が4部屋も並んでしつらえてある。
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珍しい織部灯篭も残っている。
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2畳ほどの小部屋の茶室もあり、当主は茶を好んだようである。

大正期に増築された洋館
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初期のラジオも完全な状態で残っている。
真空管はいわゆる「ナス管」であるから、少なくとも1930年代のものである。
選局は、バリコンでなく、コイルのインダクタンスを変える方法をとっている。
ラジオマニアとして、内部構造をもっと観てみたいものだ。
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引き札
魚雷?を持った軍人が大砲の筒にまたがって、
その下を蒸気機関車が走るという、何とも勇ましいものである。
絵柄から日露戦争のころだろうか。
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正面から
桜の老木があり、もう少し早ければ桜が楽しめたろう。
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周りはかなり高い石垣になっている。
角の処理がカーブを描いているので、西洋風の積み方であるという。
大正期に建造されている。
石垣の下は一体構造の石張り水路になっている。
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水路は水流を減勢するための「たまり」いわゆる減勢工のようなものがある。
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さらに水路の上流には、石積堰堤があり、大正時代に建造したものである。
おそらく日本でも初期の砂防堰堤である。
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どのようにこのような地まで、西洋技術が伝播したのだろうか。
これらの一連の石済み建造物は現在も健全で、
土木技術遺産として価値あるものであると思う。
保全を望みたいものだ。




折りしもヤマブキの季節
「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞかなしき」
を思い出す。
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管理人は一人で草刈に追われているという。
いかに市営と言えどもこれだけの家屋と庭を管理するのは大変である。
それを大庄屋はきれいに維持していたのだ。
いかに資産があったか偲ばれる。




昼過ぎに庄屋館を後にする。


大庄屋館を遠望する。
高台の木立がいい。
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