小佐の実りもち と 山村の経済 (八鹿町小佐・日畑)

「小佐の実りもち」というものを試食販売していて、
おいしかったので買ってきた。
いろんな野菜を餅に入れて、実に鮮やかな色に仕上がっている。
そして、山椒の実が適当に混ぜてあって、
なかなか珍しい味わいがある。

そこでないと手に入らないものを食すのは、
とても贅沢なことである。

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小佐は奈良時代には、赤米を
はるばる、奈良に送っていた地で
このことは平城宮から、発掘された木簡からわかったという。




さて、
小佐の谷を遡ると、石原、日畑という地があり、
その奥は、名草神社のある妙見山に至る。


先日仕事で、この山に分け入り、
すでに人の住む集落など無いと思っていたのが、
思わぬところに集落があり驚いたものだ。

妙見山に至る林道から枝道を下ったところに、
山中にしてはかなり広い平地があり、
聞くと「加瀬尾」という集落らしい。

2万5千分の1地形図を見ると、
どうも古い大規模な山腹崩壊跡のようだ。
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少し前まで棚田と思しきところにススキが生えているが、
集落内はきれいに人の手が入っている。
どうも、人が住んでいるようだ。
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同行の人に聞くと、
夏の間、こちらに住み、冬場は道路が除雪されないので
ふもとに下りているという。

昔は、林業でかなり裕福だったらしい。
確かに、残された家屋の建具を見ても
風情を感じる手の込んだものである。
見回すと5~6件の家屋が健在である。

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車の無いころは、八鹿の町までは歩いて丸1日はかかるだろうから、
おそらく自給自足の集落だったのだろう。
しかし、妙見信仰の名草神社への通行がかなりあったろうから、
情報の往来は、かなりあったに違いない。

昔は、山村と言えども、生業としての経済基盤を有しており、
経済的に独立していたことがわかる。

林業、木地師、鉱山、狩猟、薪炭、たたら
山岳宗教の「御師」なども注目すべき経済基盤だといえる。

「御師」は調べてみると面白そうな事項だ。
但馬でも、この妙見山とか、朝来の青倉山も御師が活躍した地と思う。


情報のグローバル化が、小さな経済圏を呑みこんで駆逐する。


雨の降りしきる集落を後にする。
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