小豆島大坂城石垣石切丁場跡を訪ねる(天狗岩丁場・八人岩丁場)

今回の小豆島行きのお目当ての1つは、大坂城石垣石切丁場跡である。
小豆島のあちこちに丁場があるが、
見学可能な保全されている丁場として、天狗岩丁場・八人岩丁場がある。


豊臣が滅んだ後、徳川の世の到来を誇示するため、
豊臣大坂城を覆いつくす石垣を、徳川は戦国大名に命じて作らせた。

石材ははるか九州から、瀬戸内海の島々から
自然の巨岩(種石という)から岩を割り出し大坂城まで運んだ。

小豆島もその一つにすぎない。


これは、天狗岩丁場にある「天狗岩」という巨岩で高さ17m重量1700トンもある。
写真にすると、そばに大きさを比較するものがないので、大きさが分かりにくいが圧巻である。
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これは、八人岩丁場に残された「八人岩」で、岩を割り出すときに8人が亡くなったとか言われている。
かたわらの落ちた椿の花がいやに赤い。
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いかにもべったっと倒れ、いまでも人が下敷きになっている感じで怖い。
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天狗岩丁場は駐車場やトイレ、園路が整備されていて、パンフレットも置かれていて見学するにはこちらをお勧めする。
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一応、階段が整備されているが
結構な、急斜面に岩が散在しているので、注意して見学する必要がある。
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上から見た天狗岩
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岩には石切の矢穴や刻印があちこちにあり、これらを見るのも面白い。
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丸に四角の刻印は黒田藩の刻印だという。
ここの丁場は黒田藩が仕切っていた。
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岩を割った跡にも、月日が経て樹木が生えてきている。
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園路をすべて回ると優に1時間はかかる。


海沿いには丁場番屋敷跡があるがいまや畑になっている。
番屋敷とは、この丁場を仕切っていた黒田藩が
岩を守るために二人持ちで役人を江戸末期まで住まわせたという。
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おそらく丸い石積みは当時の屋敷のものであろう。
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海中にはカモメ岩という、杭のようなものが突き出た岩礁があり、
石材をここから海中運搬したときの遺跡であるという。
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今となってはどのようにして巨岩を切り出して大坂まで運んだのか知るすべもない。
しかし、何10トンという巨岩を大坂まで運んだのは事実なのだ。

権力とそれに寄り添う人間の技術はいつの時代もとてつもないものを生み出すものだ。




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