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zoom RSS 火焔土器を見て、また縄文へ旅をしたくなった

<<   作成日時 : 2019/05/11 23:37   >>

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県立考古博物館で「雪国の火焔土器文化」と題した講演会があったので、これは見逃せないと行ってみる。
講師は津南町教育委員会の佐藤雅一さん。話の主なテーマは縄文火焔土器のデザインについてだったが、興味をひかれる点があったのでアーカイブしておく。


画像

津南町諏訪前遺跡出土の火焔土器


1 火炎土器は豪雪地帯に分布する。

2 豪雪は、対馬海流の影響による。豪雪が始まったのは対馬海流が日本海に流れ込む8000年前から始まった。
  火焔土器は5000年前、縄文中期ごろから出現。

3 火焔型土器と対をなしているものに、王冠型土器がある。単に突起があるものが王冠型であるが、王冠型に装飾を付けたものが火焔型とはならない。それぞれ独立したデザインであり、両者は対立するデザイン(観念)と考えられてもいい。

4 火焔土器のデザインは、ある共通性をもっている。
   突起はすべて4本である。
   突起のデザインは非対称で、その方向は右回りと左回りがある。
   突起にはトンボのような目がある。
   口のふちにはギザギザののこぎり状の突起がある。
   その下に櫛型のような装飾模様、S字とJ字のような繰り返し模様。さらに下にはU字の下に流れる直線模様。

5 火焔土器の分布は、信濃川(千曲川)沿いにあるが、津南町、栄村あたりを境に上流にはない。つまり、今の新潟県と長野県の境にほぼ一致する。越後と信濃の境。これは信濃川が千曲川と名を変えるのとも一致する。

6 津南町の縄文遺跡は、千曲川の河岸段丘に分布する。段丘であるが湧水が年中豊富なところである。雪解け水と多孔性の溶岩による。

7 この地方には今なおアンギン編みという独特な織物がある。この織り方は縄文時代にさかのぼると言われている。縄文土器を作る過程で乾燥を防止する意味で掛けたと思われるこの織物の痕跡が土器の断面に残っている。
(カラムシの繊維は越後チジミの原料である)


火焔型土器をはじめて見たとき、デザインに規則性があるとは思っても見なかったが、この話を聞くと火焔型土器は何らかのメッセージをもった道具(祭祀だとか)だったのではないかと思えてくる。
1年のサイクル、4つの突起はその節目の、春分、夏至、秋分、冬至。その下の流線のような模様は、自然界のフラクタルを感じさせたりする。

想像は尽きない。また、上越の縄文へ旅をしたくなった。









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