迷宮都市モロッコを歩く(今村文明)

混沌として見えるメディナも、中世、もともとあった生活基盤の上に
イスラム法を適応して、秩序ある都市づくりをしたもの。
中世以降、廃墟化することなく今日まで続いたメディナに、
現代の都市計画の下で生活しているものが迷ってしまうのは当然だ。

現在の日本の街は、車中心の都市計画であり、
一方、メディナは人間中心の都市なのだ。

イスラム法には、道幅、窓と通路側の視線の関係、通りと中庭の関係など事細かい規則がある。

イスラム都市においては、部分がしっかりしている。
中庭型を基本とする閉じて完結し安定した空間の単位を、有機的につないでいく。
都市のいたるところに、ミクロコスモスがある。

全体から発想した秩序によって統一された西欧近代都市に比べ、
決定的に違うのは権力を感じさせないという点である。
それでいて、理にかなった全体の秩序がある。
異なる多くの要素を複合化させ、お互いに矛盾なく機能している。

モロッコの海岸都市は、国家を中心に、内陸都市は民衆を中心にできた。
日本の闇市や駅前の整備されていない街区と同じものが、内陸都市の迷路である。




モロッコ略史

前7c以前 
    先史時代、サハラ砂漠砂漠化以前 
前4c~6c 古代    
    ギリシャ人、ローマ人 フェニキア人 がジブラルタル海峡から大西洋沿岸にかけて
    小都市ボリビス、ルクススなどを建設
7c~15c
    東方よりアラブ人が攻めてきて、全土がイスラム化 アトラス山脈までも侵入
    各地に巨大都市 フェズ、マラケシュ 最盛期
16c~19c
    オスマン帝国
    その後、スペイン、ポルトガルが侵入、メディナを壊すことなく要塞を付加
    サハラ砂漠経由でイエメン移民流入
19c~1956
    フランス植民地
1956 独立



















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