無私の精神(小林秀雄)

小林秀雄は、考えるヒントを読んだことがある。簡単なことをたいそうに書くのだなあという印象だった。
「無私の精神」には、ある実業家の話が出てくるが、これは実例が示されて理解しやすい。

この実業家は、誰かが主張する意見には決して反対せず、みんな聞き終わると「御尤も」と言い、
自分のことになると、けっして弁解をせず「ご覧の通り」と言った。

彼には、人を説得するのに「御尤も」と「ご覧の通り」の二言で足りた。

実行家として成功する人は、自己を押し通す人、強く自己を主張する人と見られがちだが、実は彼には一種の無私がある。
有能な実行家は、いつも自己主張より物の動きの方を尊重するものだ。
現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人だ。



「徒然草」

「つれづれ」は平安時代の詩人が好んだ言葉だが、兼好ほど辛辣な意味を見つけ出した者はいない。
つれづれに書いたところで、彼の心は紛れるわけもなく、なおさら目が冴え返って、物が見えすぎ、物わかりすぎるつらさを「怪しうこそ物狂ほしけれ」と言ったのだろう。



「無常ということ」

歴史には死人しか現れてこない。
思い出が、僕らを一種の動物であることから救うのだ。
(無常とは)人間の置かれる一種の動物的状態である。







無私の精神 (1967年)
無私の精神 (1967年)

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