武器としての「資本論」 (白井聡)

「資本論」を読んだことのないものに、「新自由主義(ネオリベラリズム)」の時代における「資本論」をわかりやすく解説してくれる。

日本における新自由主義
終身雇用、企業共同体が崩壊し、「選択と集中」の名のもとに「小さな政府」「民営化」「規制緩和」「競争原理」「アウトソーシング」により余剰価値の追求が行われてきた。「一億総中流」と呼ばれたある意味、無階級社会であった日本が80年代を境に、再び階級化社会となる。これは日本だけでなく、他の先進資本主義国家にも訪れた。これにより、資本家が肥え太り、労働者が取得してきた権利が失われてきた。

「新自由主義は社会の仕組みを変えただけでなく、人間の感性やセンスまでも変えた。これは社会制度の変化よりも重要なことではないか」と筆者は言う。

ネオリベラリズムの価値観とは、人は資本にとって役に立つスキルや力を身につけて、はじめて価値が出てくるという考え方で、存在しているだけで持っている価値や、金にならない価値を否定する。これに納得する人は、すでにネオリベラリズムの価値観に支配されている。
筆者は「男はつらいよ」を例に出しながら、今の若者の多くはこの映画を理解せず「寅さん」をただの「クズ」に見るという。そうでなく自分は主体的に、自分が生まれ育った階級に留まるのだという決断が「寅さん」にはある。


プロレタリアの原初的な状態
資本主義が成り立つには「自由な労働者」がいなくてはならない。身分制によって一定の機能と空間に結び付けられていない、生産手段を持っていない労働者の存在が必要である。

土地の商品化
土地が流動化しない封建制の時代では、身分制があっても資本主義は限定的である。労働と土地の売買が自由化されたとき、資本制社会の基礎が築かれる。


余剰価値の泉源
空間的差異 例 胡椒貿易 胡椒価格の差益
時間的差異 例 金貸し 今日の1万円、明日の1万1千円





機械装置は余剰価値の生産のための手段である
機械の発明は労働を楽にしようと、生活を楽にしようという善意から生まれたものでなく、余剰価値の生産のため、資本の増殖のために行われている。

教育の商品化
現代の教育の荒廃の最大の原因は、教育の商品化である。本来、教育の価値は、その有用性が発揮されるまで時間がかかるし、その経路は複雑だ。しかしこれでは「商品」という基準にすれば「出来の悪い商品」ということになる。教育をよい商品にするため、大学のパンフレットはまるでマンション販売のパンフレットのようなキレイな誇大広告になり、学生の授業態度は、面白い授業を求めるだけのものになる。

働き方改革の意味
働き方改革のような体制側による労働者の救済措置は昔からあった。(19世紀の工場法)資本主義のある種の必然であって、あまりにも搾取しすぎると、搾取する相手がいなくなって、資本主義がなりたたなくなる。







資本主義の始まり
2種類の商品所有者が出会うとき始まる。「貨幣・生産手段・生活手段の所有者」と「労働力の販売者である自由な労働者」自由な労働者とは、身分制から解放され、生産手段を持たない労働者で、「寄る辺なき労働者」つまり「無産者」である。
「エンクロージャー」によって土地を奪われた農民は「はじまりの労働者」となった。


日本における本源的蓄積の時代
1886~89年の「松方デフレ」がその始まり。
幕藩体制の崩壊により、俸禄が廃止され、武士の不満が「西南の役」を起こす。戦費を賄うためお札を乱発しインフレーションが起こる。それを収めるために、松方正義は、緊縮財政をとり市中のお札を回収する。この、デフレーションは農村部におよび、農産物の価格は低下し、困窮した農民は農地を売り、自作農から小作農へ転落する。一部は都市に流れ、自由な労働力となる。
1872年の地租改正も、小規模な自作農が小作農になる契機となった。
この時の、小作農と地主の関係は、江戸時代と同様な、物納を引きずり、封建社会をのちのち温存した。

ロシア文学に見る本源的蓄積
古き良き封建性が崩壊し「上に立つものは慈愛と徳を持って下を支配し、下のものはつつましく働く」といった封建社会のユートピアが崩れる時代の文学。チェーホフの「桜の園」は土地の商品化の物語。没落貴族の庭園が、かつての使用人農奴であった商人に買われ別荘地になっていく。


本源的蓄積の繰り返し
労働価値のダンピングは、賃下げだけでなく、安い海外労働力、脱正規化、アウトソーシングで今も起こっている。

需要不足の特効薬
実は我々が気付かないうちに、資本家階級はだまって階級闘争を行ってきていて、労働者階級は、「階級闘争なんてもう古い」という言葉に騙され、ぼーっとしているうちに一方的にやられてしまった。
今の格差が拡大すると、生産した商品の買い手がなくなってしまって、資本家も没落することになるかもしれない。この需要不足を補うものが「戦争」である。既存の権力を一掃し、自由な企業活動ができる場を作るのが戦争である。
アメリカの歴史は、戦争により恐慌を脱し、大国になったという成功体験がある。


イギリス料理がまずいのは、
19世紀の囲い込みによって、農村共同体が崩壊したからである。年間を通じた生活の場となる農村が崩壊し、小農の菜園はなくなり在地食材が消滅したからである。



私はスキルがないから価値が低いですと言ってしまってはおしまいです。
それはネオリベラリズムの価値観に侵され、魂までもが資本に包摂された状態です。
それに立ち向かうには、人間の基礎価値を信じることです。
私たちはもっと贅沢を享受していいのだと確信することです。





武器としての「資本論」 - 白井 聡
武器としての「資本論」 - 白井 聡


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント