宮本常一「忘れられた日本人」を読む(網野善彦)

網野善彦が岩波市民セミナーの講義、神奈川大学短期学部での10年にわたるテキスト精読を基にして出版された。
宮本常一「忘れられた日本人」の解説書として、新しい発見を促す本である。
「忘れられた日本人」をベースに網野独自の研究考察を加えている点で面白い。

以下メモ
女の世間から
古く日本では、女性だけで旅をすることがよく行われていた。絵巻にも市女笠を被った旅装束の女が出てくる。フロイスの「ヨーロッパ文化と日本文化」にも、ヨーロッパでは貞操が純潔で重んじられていたのに、日本では必ずしもそうでない。ヨーロッパでは夫の許可なしに妻は家の外へ出れないが、日本では夫に知らせず自由に旅行できる。とある。
「夜這い」は普通の風俗であった。「歌垣」も同様に祭りなどで行われ、一種のアジールであった。
家の内部でも女性が経済に強い発言権を持っていた。養蚕や織物をしたり農作物を、市場へ売りに行き現金収入を得て、それを自分が管理していた。フロイスにも、妻が夫に高利で貸し付けることもあるとある。

明治以降、近代国家が成立し、男性中心の法体系が成立し、女性は公的な権利が失われるが、宮本はそういった世界と異なる世間が庶民の中には生きていたことを強調したかったのではないか。
古くから日本は男性がすべての権利を独占していると考えられてきたが、これは明治以降の法制が作り出してきた虚像であり、古く日本社会の実態はかなり違うのではないか。
宮本の「女の世間」はそういったものが、まだ近代の地方には、残っていたことを語る。

西日本と東日本
西は天皇の王権に対し、東は幕府の王権と言える。(網野「日本社会の歴史」)西では天皇は神という性格であったのに、東の将軍はそういった性格はない。

西は年齢階梯性が発達し、地縁結合が強いのに対し、東のような家父長制は存在しない。

職能民は神仏・天皇の直轄であり自由に旅行できた。12世紀末に京王朝はこれを制度化し、神人・寄人の名簿を作ったが、東にはこれが及んでいなかった。将軍と御家人の主従関係で、職能民も将軍や御家人との主従関係であった。

西日本は弥生文化、東日本は縄文文化の影響が残っている。被差別部落の数が西より東が少ないのは、縄文文化の影響の強い東ではそのような差別を作り出す基盤がないのに対し、弥生文化は「穢れ」にかかわる土壌を作り出したのかもしれない。

一例として「えな」の処理が、東では身近に置くものに対し、西では穢れたものとして遠いところへ持っていく。(木下忠による)

百姓とは何か
百姓は農民でなく、多種の職能民でもある。農村に住むのはそういった百姓であり、歴史記録書の「農」人口はそういった人口も含め表現していることに気を付ける必要がある。




農業ー定着ー安定という図式で見がちであるが、古く弥生時代から多くの人が他へ移動したり、商業行為を行ってきていた。
歴史を漂泊から定住と言う言い方で、遍歴、漂泊は不安定な要素として見てきたが、そうではない見方も必要だと感じた。





宮本常一『忘れられた日本人』を読む (岩波現代文庫) - 網野 善彦
宮本常一『忘れられた日本人』を読む (岩波現代文庫) - 網野 善彦

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