「三内丸山遺跡」を訪ねる

ずっと、行きたかった「三内丸山遺跡」だが、
青森に所用があり、ついでに訪れる。

青森空港に降り、さっそくレンタカーを借りて
付いているナビゲーションシステムに「三内丸山遺跡」と入力する。

田舎道を5kmほど走ると、
自衛隊の駐屯地と大きな総合公園が見えてきて
その一角に三内丸山遺跡がある。

昔から、縄文遺跡があったのは分かっていたようだが
大々的な野球場造成で、集落跡が見つかり
球場造成をとりやめたという曰くがある。

いまとなっては、稼働率の悪い野球場を作るより
賢明な判断だったといえる。
周りはその名残で、とりあえず総合公園になっている。

エントランスにはビジターセンターがあり
案内ボランティアが常駐していて、
申し込むと案内をしていただける。

さっそく、同じ時間に申し込んだ
おばさん2人と一緒に案内を請う。
全国、いや、世界各地どこでも見られる
日本のおばさんの好奇心と元気には頭が下がる。

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基本的に発掘跡は、保護のため埋め戻されているので
じっさいの集落跡が見れるわけではない。
発掘跡に復元建物が建てられ、当時を想像するしかない。
大きな復元建物として、10棟ほどがあるが
「掘立柱のやぐら」と「大型集合住居」が目立っている。

人気のない、遺跡の一角にたたずみ
はるか、青森の山稜を遠望すると
大気までが、縄文の空気につながっている気がするではないか。

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今は内陸になっているこの集落だが
縄文海進により、当時はすぐそばまで入り江が迫っていた。
集落のはずれには、そのような地形が残っている。

そこから、ここの住民は海の幸を取りに、行っていたのだろう。
また、海路で遠く出かけたり、訪問者もあったことだろう。
当時は温暖だった森には、どんぐりが豊富に取れただろう。
ここで縄文人はとても豊かな暮らしをしていたことが分かる。


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これは、復元された大型集合住居の内部である。
ゆうに、100人は入れそうである。
ここで、「三内丸山人」は何をしていたのか。
集落民の集会が開かれたのか。
はるか遠いところからの使節を迎え、宴が催されたのか。
思いは遥か、5000年前の時空をさまよう。


あと、りっぱな展示室があり、
発掘されたおびただしい品が展示されていて、
限られた時間ではとうてい見切れない。

興味を引いたのは、「縄文ポシェット」と呼ばれる
葦かなにかの繊維で編みこまれた、小さな入れ物がある。
空気を遮断されて、埋蔵されていたため保存状態がよく
5千年前そのままの状態で見れる。
これだけでも見る値打ちはある。

実に繊細に作られており、
当時の工芸技術がかなり高度であったことが分かる。


これらの展示物を含め、遺跡はすべて「無料」で
見学できるのは非常にありがたいことである。

青森に空路で行く機会があれば、青森空港から近いので
ぜひ、時間を割いて訪れることをお奨めする。
3時間あれば、重要なものは見れるはずである。






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※三内丸山遺跡は2002.11.7の訪問であるが
このブログが日時が遡れないので、
書きこみ時の日付とした。


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