尖石遺跡と尖石縄文考古館 を訪ねる (beret-expedition 2007 §4)

諏訪大社を後にし、次の目的地、星糞峠へと車を走らせる。
しかし、行く手には、意外な展開が待ち構えていた。
それは、尖石遺跡である。
今回の予定にはまったく入っていなかったのだが、
「尖石遺跡」という沿道の標識に
引き寄せられるようにして
車はわき道に入っていったのだった。


かねてから、尖石遺跡の名は聞いてはいたが、
遺跡のそばの「尖石縄文博物館」の展示は感動ものであった。
なんといっても、豊富な縄文土器の展示に、時間を忘れて見入ってしまう。


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このように、ガラス越しでなく、それも実物の
縄文土器を、目の前に見ることが出来る。
いままで、縄文土器はあまり熱心に見たことがなかったが
今回でその芸術性とそれを作った縄文人の能力の高さに脱帽である。



一口に縄文時代というけれど
紀元前1万3000年~紀元前2300年が縄文で
その時間的スパンは1万年ほどあり
日本列島に人間活動の痕跡が見られてから今までは3万年だというから
少なくとも日本の歴史の3分の1は縄文なのである。

特に縄文中期は、その装飾が「これでもか」というほどの土器が登場し
いったいどのような感覚の人間が作ったのかとひとしきり考える。



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たとえばこれなんか、
これだけのデザインを考える現代人はいまい。
何を造形しているのでもなく、
繰り返しパターンがあるようでもあるが
実は細部では異なっている。

おそらく縄文人は自然の中から
このようなデザインを学んだのだと思う。

たとえば、木の葉の複雑さのなかの規則性。
フラクタル的なデザインがあるとすれば縄文土器はそれだ。




このような複雑性もあるかと思えば
洗練された簡略化したデザインもある。


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これはこの博物館の目玉である
「縄文のビーナス」と呼ばれる土偶である。
国宝に指定されている。
あえて説明しない。




これだけのものを作るとすれば
縄文人は時間が裕福にあったのだとか。

いや、食料調達で忙しい中、作ったのだとか。
実は、冬のあいだ何もすることがないので、作ったのだとか。
粘土の性質上、工程を考えると、2,3日で作らないとできないとか。

beret-west共々、1つ1つの土器を目の前に、
その土器を作る縄文人の
製作工程の細部を再現して
想像を巡らしたのだった。

これらの土器の多くを
ガラス越しでなく、
目前に見れるように展示している
博物館の努力に感謝する。

高い入場料を取る多くの街中の美術館より
何十倍も見ごたえがあった。
(ちなみに入館料500円である)


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博物館の西側には「尖石遺跡」が広がっている。
尖石は縄文中期の1000年間にわたり
200戸ほどの邑が営まれたという。
千年にもわたり、同じ場所に集落が継続したなんて、
現代の常識では考えられない。

確かに、八ヶ岳から下る扇状地の斜面に展開し
はるか目の前には、中央アルプスの山並みが見渡せる。
いい感じのところである。
何か、その地のエネルギーがありそうな場所である。

おそらく、黒曜石の搬出ルート上に尖石はあったのだろう。
多くの縄文の交易人がこの邑を通り過ぎたに違いない。


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台地のはずれに、尖石の由来となった三角錐の石がある。
縄文人が、石器を研いだ石と伝えられている。

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はたして、5千年もの時を経て
ここにあった石かどうかは疑わしいが、
少なくとも、この地に縄文の邑があったという標として
古の人々が伝えてきた石なのだと思う。

夕闇も迫ってきた尖石を後にする。


縄文といえば 岡本太郎を思い出す。
確かに今回あらためて、縄文土器は日本が世界に誇れる芸術だと思った。



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