日本の盛衰(堺屋太一)を読んで、20年前ドイツで感じたことを思い出す

世界は80年代に
近代工業社会に行き詰まり
その終焉をむかえた。

それは、
官僚組織の絶対性を否定しただけでなく、
その根底にある、大量生産の物質的豊かさを
幸せと感じる人間観の破綻だった。

世界の潮流は、70年代を頂点として
強い国家と物財要求の方向から転換していた。

しかし、日本は80年代以降も、
ますます国家が強くなり
物財の豊かさを追求する近代工業社会を推し進めた。

89年の大不況以後、日本人は世界の潮流と違った方向に
日本が進んでいることに薄々感じ始めたが、
従来の経験と利権に固執して
世界の潮流が、知的価値社会に移っていることを信じようとせず
ますます、近代工業化社会の効率化を推し進めることになった。

80年代から10年後の21世紀になり
世界はさらに知的価値社会へ進んだが
日本はまだ、近代工業社会の継続に固執していた。

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私の個人的な経験になるが
ちょうど、ベルリンの壁が崩壊した1年後の
1991年、ドイツにある調査で滞在したとき、
強く感じたことがある。

そのとき、ドイツは
環境や福祉、個人の自由時間などに価値観を見出し

同じ大戦の敗戦国家でありながら
その復興の道は
日本とまったく異なる道を
歩んでいることを実感したものだ。


あれから、20年が経ったが、
まだ日本は、
工業化社会の過去の栄光に呪縛されている。


トヨタの問題で露呈したように、
もう日本の工業化社会システムが、
世界に通用しなくなっていることが

そろそろ、わかってもよさそうな気がするのだが、
まだ日本はアジアの片隅で、
同じようにひとりで日々を過ごしている。






日本の盛衰―近代百年から知価社会を展望する (PHP新書)
PHP研究所
堺屋 太一


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