一遍上人誕生地を訪ねる (伊予国 宝厳寺)

一遍上人は興味ある人物で、そのゆかりの地をあちこち訪ねてきたが、いよいよ今回はその誕生地である松山市宝厳寺を訪ねた。


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本厳寺は道後温泉の一角にある。路面電車を降り道後温泉の本館を横目に、伊佐爾波神社の長い階段を登る。伊佐爾波神社は格式ある八幡社であり、社殿はりっぱなものらしいが残念ながら修繕中で覆いが掛けられている。

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この伊佐爾波神社の裏手に宝厳寺がある。裏手の坂道を下ると、寺門が見えてくる。寺門の右手に一遍上人誕生地の石碑がある。

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2013年の大火で本堂、一遍上人像が消失しており、真新しい本堂があるのみで、一遍上人を思い浮かべるよすがもなく、残念である。暑いさなか、境内は人影もなく早々に退散する。

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今回、気が付いたことは、現在、道後公園となっている小山は、実は河野道盛(?-1364)が築城した湯築城である。ここは伊佐爾波岡と呼ばれ、もともと伊佐爾波神社が鎮座していたらしい。一遍上人(1239-1289)は、河野通広(?-1263)の第二子であるから、おそらくこの一帯に住んでいた河野一族の屋敷で生誕し、のちの人が、ゆかりのある宝厳寺を生誕地としたのだろう。


中世豪族の河野一族の混乱期に生を受けた一遍は、幼くして出家という道に自らの生きる道を求めるしかなく、心の平穏を宗教に求めたのだと思う。

一遍上人は捨聖といったままに、その生誕地にあった像さえも焼失させ、人々の記憶の中にその姿を残そうとしたのではないかと思いながら、西日の暑い道後温泉の坂道を下って行った。

旅ころも 木の根 かやの根いづくにか 身の捨られぬ処あるべき(時宗宗歌)

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