テーマ:2019モロッコ紀行

さらばマグリブの国 モロッコ

いよいよモロッコともお別れだ。 イスラム圏の西方、マグリブ(日没)の国。 予想どおりの魅力ある国だった。 巨大なモスクと繊細な幾何学模様、造山運動でできたアトラスの多様な自然、サハラ砂漠の日の出、過酷な自然とその中のオアシス、迷宮都市フェズ、マラケシュ。僕はまたいつかこれらのことを思い出すだろう。 キ…
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マラケシュのスークの様々な商品

いざ、マラケシュの迷宮へ。 強い日差しをさえぎるため、すのこ状の日よけのアーケードになっている。 日差しが直線的に差し込むスパイス店  いかにもアラビアの市場的な感じがする。 甘そうなお菓子 お菓子を無造作に山積みにしてあるようだが、配色をきれいに盛上げているところがすばらしい。 …
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マラケシュ いかにもアラビアの市場

そもそもモロッコに行くことになったのは、マラケシュにあこがれたからだ。 迷宮都市、巨大な市場、いかにもアラビアの世界といったイメージが私の中に長い間あった。 来てみるとそのとおりの風景が目の前にある。 よく見ると、先に行った迷宮都市フェズより観光化された感じがする。 それは、蛇使いの大道芸人であったり …
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モロッコのワイン メクネスワイン

モロッコはイスラム圏なので、お酒はご法度とおもいきや、レストランや大きな都市のスーパーにはビールやワインがある。 国産ビールもあるし、ワイナリーもある。 メインが魚のムニエルということで、白ワインを注文してみた。 やっぱりフランスの影響をうけていることもあり、ワインもそれなりにいけるではないか。 「ゲロワンヌ・ブラン…
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世界遺産 アイット・ベン・ハドゥ 要塞都市その構造

アイット・ベン・ハドゥはアシーフ・メッラーフ渓谷にある要塞化された集落(クサル)である。 ティグレムトと呼ばれる要塞化された居住兼穀物倉が幾層にも山の斜面に連なって、その頂上に砦がある。 ティグレムトは四方を窓のない壁で囲み、上部に銃眼のある塔を備えている。 上から見るといくつかのティグレムトが…
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ワルザザートでアラビアのロレンスを想う。

ワルザザートはカスバ街道で一番大きな町だ。 1920年代フランス軍のサハラ前進基地としての歴史があるだけに、ヨーロッパとサハラとの接点としての雰囲気が感じられる。 夕食後、ホテルの大きなテラスから街を眺めると、映画「アラビアのロレンス」が思い出される。そんな街である。 しかし、アラビアのロレンスの本当の舞台は、サウジア…
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モロッコのカナートを見る

荒涼たる砂漠のハイウェイを走っていると、延々とモグラの通ったような土の盛り上がりが気になっていた。 ガイドによると、カナートだという。 観光用に中に入れるところがあるというので早速立ち寄ることにする。 土壁の小屋の小さな土産物屋があり、そこでチップを払って地下に潜らせてくれる。 木製の巻き上げ機があり、た…
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トドラ渓谷

オアシスの街ティネリールの上流にトドラ渓谷がある。 グランドキャニオンを狭くするとこんなかんじだろうか。 見上げるにも首が痛くなるほどの高さ。広角でないと上まで写らない。 オーバーハングする巨岩の下に建物があるが、かつてのホテルだったけれど、落石で閉鎖されてしまった。 しかし、観光客はその下まで行…
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カスバ街道を西進しオアシスの街へ

エルラシディエドからカスバ街道を西進する。 途中見えるのは、赤茶けた土の世界だ。 160km、やっと、ティネリールというオアシスの街に到着する。 ここはアトラスから流れ出るトドラ渓谷の下流にあるので、その水の恵みにより谷の出口にオアシスの街が開けている。 ヤシの木が茂り、作物までも栽培されている。 …
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サハラ砂漠(2019モロッコ紀行)

モロッコはサハラ砂漠の北の入れ口でもある。 エルフードというサハラの入れ口でもあり、軍事的な街からバルバル人の運転する四駆に乗って砂漠のそばの村メルズーガを目指す。 僅かに残る緑のステップ地帯を走り 一面の土の世界に入る。 砂漠は砂だけだと思っていたが、土砂漠、岩石砂漠の3種類があり、面積的には土砂漠…
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アトラスを越えサハラへ(2019モロッコ紀行§16)

フェズからサハラ砂漠へは中アトラス、上アトラス、アンティアトラスの3つの山脈を越えていく。 この3つの山脈があることにより、地中海側はサハラからの熱を遮ることができている。 これらの山脈はプレートテクニクスによる造山運動が3期にわたり作ったものである。 フェズからしばらくは森林地帯を登って行く。 途中、イフレンという高原…
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フェズ・エル・ジェディド 王宮とユダヤ人ゲットー(2019モロッコ紀行§15)

フェズは新市街と、旧市街のエル・ジェディドとエル・バリの3つのエリアに分かれている。 フェズ・エル・ジェディドは古いフェズ・エル・バリ(迷宮都市)に対し、13世紀に市街が拡張され、エルジェディド(新市街)と呼ばれている。さらにフランス植民時代に、離れた新市街が形成された。 このエリアには、王宮があり、今でも国王がフェズ滞在の…
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フェズの新市街 フランスのなごりのようなもの (2019モロッコ紀行§14)

フェズは新市街と、旧市街のジェディドとバリ(迷宮都市)の3つのエリアに分かれている。 ホテルは新市街にあって、朝の食事前にそのあたりを散歩した。 新市街はフランス植民時代に形成されたので、そのなごりのようなものが見られる。 ムハンマド5世通の交差点はロータリーになっている。 街角には街路樹があって、カフェ…
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なめし革職人作業所 タンネリ・ショワラ(2019モロッコ紀行§13)

モロッコ旅行ガイドには必ず写真が載っている革職人の作業所である。 観光用に周辺の建物のテラスからその全貌が見えるようになっている。 なめし工程の壺 石灰やタンニンを使う。離れていても匂う強烈なにおいはアンモニア臭だ。 染色工程の壺 においが伴い、作業には水を多用す…
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カラウィーン・モスク 迷路の切れ間の入れ口 (2019モロッコ紀行§12)

迷路の切れ間に突然、広い空間が現れる。 カラウィーン・モスクだ。 残念ながらイスラム教徒のみしか入場できない。 異教徒は中庭を覗き見るのみである。 イスラムの大学でもあり、蔵書3万冊という大図書館がある。 といっても、建物の全体は外からは見えず、混沌とした迷路の切れ間に、広い空間の入れ口のみがあるという…
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迷宮都市フェズの運搬手段 (2019モロッコ紀行§12)

中世の街並みがそのまま残っているフェズであるが、その道は広いところでもせいぜい人が4人も並んだらいっぱいになる幅しかない。そんなところに店が並び商品を軒先からはみ出すくらいに並べ、その間を多くの人が行き交う。しかし、多くの店や居住区に物資を運搬しなくてはならない。 当然、自動車は入れるわけがなく、輸送手段としては、ロバ…
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迷宮都市フェズの魅力 どこまでも続く迷路 (2019モロッコ紀行§10)

この街の魅力はなんといっても、どこまでも続く迷路だろう。 それも同じものがひとつとない個性ある迷路が続く。 通路の両側は家屋の壁が迫り、壁が傾くのをつっかいをして支えているところもある。 通りから分岐する一人だけやっと通れる道はたぶん奥にある居住区への道だ。 …
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迷宮都市の内部へ フェズ・エル・バリ 手工業製品を製造し売る店(2019モロッコ紀行§9)

さらに内部へはいっていくと、手工業製品を生産し販売している店が多くなる。 染物屋 ランタンなどを作る金属加工 繊維製品を売る店 婚礼衣装 家内手工業といった形態で日常製品を生産し販売する。我々、日本人がすでに忘れかけている形態が強く残っ…
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迷宮都市の内部へ フェズ・エル・バリ さまざまな食材を売る店 (2019モロッコ紀行§8)

いよいよフェズのメディナ(旧市街)に足を踏み入れる。 メディナの入れ口は、ブ・ジュルード門。タイルの装飾が美しい。 門の向こうには教会の尖塔(ミナレット)が見える。 まず、現れるのがさまざまな食材を売る店。 ミントティーに欠かせないミントの葉を荷車で売りに来ている。 ズッキーニや瓜類を売る店 …
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迷宮都市フェズにやってきた(2019モロッコ紀行§7)

今回のモロッコ旅行の一番の目的は、フェズに来ることだった。 フェズはモロッコ最古の王都であり、すでに9世紀中ごろには、大学やモスクが建築されていた。 13世紀末から14世紀初頭には、絶頂期を迎え、フェズの商人は中国やインドとも交易していた。 そのような中世の街がそのまま残っているのだ。 今でも自動車すら入り込めな…
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ハマーム モロッコ蒸し風呂 (2019モロッコ紀行§6)

ハマーム あるいはハマム はモロッコの公衆浴場である。 いわゆる、蒸し風呂である。 写真はその全景。 ドームの手前から1室、2室、3室、壁が焦げているのがボイラー室である。 1室は着替え、2室ぬるま湯、3室は高温のサウナである。 メディナの細い路地に風呂の入れ口だけが見えることが多いが、ここシャウエンのハマムは…
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青に占領された街、シャウエン(2019モロッコ紀行§5)

最近、インスタなんかでよく画像が流れてくるモロッコの青い街がある。それがシャウエンなのだが、まるで海底に町があるような感じで写真を見る限り神秘的な感じの街である。 しかし、青の街として売り出したのは、たぶんごく最近のことではないかと思う。1995年版ガリマール社のガイドブックには、街の写真が載っているのだが、ただ白い壁の街…
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ムハンマド5世廟 (2019モロッコ紀行§4)

ハサン塔の向かいにあるのが、モロッコ独立に献身したムハンマド5世の廟である。 モロッコは1912~1956年の間はフランスとスペインの保護領となっていたが、1955年追放から帰ったムハンマド5世は、1956年にフランス、スペインから独立を勝ち得たのだった。 ガイドブックには建築はベトナム人ボ・トアンと書いてあるが、ボ・ト…
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ハサン塔と未完のモスク(ラバト)(2019モロッコ紀行§3)

1196年にスルタン ヤアクープ・エルマンスールにより建設が開始されたモスクは、イスラム世界で最大のモスクとなるはずだったが、彼の死後、放置され、80mになるはずのミナレットは44mのまま、200本の円柱とともに取り残されている。 ローマ遺跡とまた違った、未完の廃墟感がある。
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カスバ・ウダイヤと海賊王国 (ラバト)(2019モロッコ紀行§2) 

モロッコの首都はと聞かれると即座に答えられる人は、あまりいないだろう。 ラバトはモロッコの首都であり、その歴史を調べてみると、起源は紀元前3世紀にはじまる。 フェニキア、カルタゴ、ローマ植民市、イスラム要塞と変遷をたどり、1146年にムワッヒド朝の都となる。 そのころ建設されたのがカスバ・ウダイヤ(城壁)である。 プレー…
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壮大なハッサン2世モスク カサブランカ (2019モロッコ紀行§1)

ドバイ経由でカサブランカに着く。湿度が低いせいか思ったより暑くない。さっそく、ハッサン2世モスクへ。 このモスクは、ムハンマド5世の息子、ハッサン2世によって1993年に建てられた。 高さ200mのミナレット(尖塔)と2万5千人が収容できる礼拝堂と8万人の巡礼が集まる広大な広場。(データは仏ガリマール社のガイドブック…
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