テーマ:土木

稚内港北防波堤ドーム 旧稚内桟橋駅 (礼文島紀行§6)

サハリンがまだ樺太と呼ばれていたころ、 稚内と大泊を結ぶ鉄道連絡船があり、 稚内側の駅のホームがあった場所である。 このドームは、旅客を波浪から守るためのものであり、 土谷實という24歳の土木技術者が設計した。 土谷は北海道帝国大学土木工学科卒業後、稚内築港事務所に勤務し、 その上司である平尾…
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ダーガバ(仏塔)ばっかり (スリランカ紀行10) アヌラーダブラ

ダーガバとは、スリランカの仏舎利塔である。 あちこちにたくさんありすぎて堪能してしまう。 ルワンウェリ・サーヤ ダーガバ 高さ55m 紀元前2C ガイドに聞くと、内部は空洞であるという。 どのようにして作ったのだろうか。 張りぼてにしても、これほどの高さに作るのはかなりの土木技術である。 修復…
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クッタム・ボクナの水利構造物 (スリランカ紀行9) アヌラーダプラ

クッタム・ボクナという僧侶の沐浴場あと。 ここの水利構造物はとても紀元前のものと思われない。 ツインポンズと言われるように、2つのプールからなっていて、 一番奥に給水口がある。 パイプで導かれた水は第1の濾過水槽をとおる。 次に第2の濾過水槽。格好凝ったつくりだ。 そして蛇口からプールへ落ちる…
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イスルムニヤ精舎 (スリランカ紀行7) アヌラーダプラ

アヌラーダプラ  紀元前380 パンドゥカーバヤ王が建都、 スリランカ最古の都。 今はのどかな片田舎だ。 大きな灌漑用ため池 ティッサ・ウエア。 これも都建設と並行して建造されたという。 一度に作れたとは思えないが、 高度な土木技術を持っていたと言える。 イスルムニヤ精舎 境内は土足厳禁。裸…
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街角のオジキビト (とり・みき)

本の背表紙で読んでしまう本もある。 オジギビトとは何だろうか。 そう思って手に取った本。 オジギビトとは、よくある街角の工事中看板に書かれている 「ご迷惑をおかけしています」という 工事人の服を着たイラスト風の人物のことであった。 要するにまあ、工事看板人物のカタログのようなものを作ってしまったのである。 …
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谷瀬の吊り橋とディビダーク工法(やじろべえ工法)(beret-expedition2008 §14)

谷瀬のつり橋を過ぎたあたりから道が険しくなってくる。 途中、ディビダーク工法でバイパス橋を造っている現場に出くわし、仕事柄、興味深く観察する。 休日も現場は稼動している。ご安全に ちかごろ土木事業への風当たりが強い。 必要以上の工事は考えものだが 社会資本の蓄積、技術の伝承として 土木事業を評価していく必要がある…
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