テーマ:古代史

奈良県當麻から二上山に登る 大津皇子の陵 (beret-expedition2009§5)

いよいよ今回のメインである二上山登山。 登山口はいくつかあるが、當麻から雄山を目指す。 標高は517mでたいしたことはないと思っていたが、 結構、ハードでこの季節に汗ばむ。 登山道はよく整備されていて、 いい感じの木立の中を登る。 50分ほどで大津皇子の陵 陵というほどの大きさでもなく小さな塚という感じ…
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用明天皇河内陵 (beret-expedition2009§3)

太子町の観光地図を見ると敏達(30)、用明(31)、推古(33)、孝徳(36)天皇、 小野妹子の陵や墓がある。 これらすべて、6C後半、聖徳太子を前後とする人物。 そのひとつ用明天皇陵を見る。 用明天皇とは 31代(585-587) 穴穂部間人(はしひと)を皇后とし聖徳太子をもうける。 つまり聖徳太子の父親で…
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聖徳太子磯長御廟 (beret-expedition2009§2)

このあたりを「磯長」という。 「しなが」と読む。 なにか曰くありそうな読み方だ。 叡福寺の境内に御廟がある。 レトロな雰囲気が漂う「叡福寺」前 西日に映える境内と御廟の山が美しい。 御廟には菊のご紋があり、宮内庁管理の看板がある。 「お寺に御廟は違和感があるなあ」というと 「仏…
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「近つ飛鳥博物館」のオーディオガイドにうんざりする (Beret-expedition2009§1)

今年のBeret-expeditionのテーマは「二上山」である。 二上山は「サヌカイト」の産地であり 「大津皇子」の「中将姫伝説」で有名な地。 beret-estと喜志駅で待ち合わせ、 まず「近つ飛鳥博物館」で情報収集する。 モノリス(一本石)のような博物館の外観が印象的 展示物は豊富で、古代河内の…
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冬の須磨海岸

 ともし火の明石の大門に入る日にか         漕ぎ別れなむ家のあたり見ず               柿本人麻呂 雲と光がいい感じ。 明石海峡は、 まるで川のような対岸距離だ。 寒い。
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朱円環状土籬を見る(環状列石)(知床紀行§6)

地図では「環状列石」と記載されているものもある。 表示看板には「環状土籬」とある。 「ストーンサークル」として名を聞くが一度見てみたいと思っていた。 漢和辞典を繰ると 籬>まがき とあり 「柴や竹を編んで作った垣根」のこと。 よく見ると、いくつかの墳墓を囲む土塁が見える。 実はここの墳墓は、土塁を巡ら…
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花の窟 を訪れる (beret-expedition2008 §7)

はイザナミノミコトがカグツチを生んで 両者が葬られた地として 日本書紀に熊野の有馬村と記されたところだという。 今回、ぜひ訪れたいと思っていた場所だ。 砂岩と思われる50mほどの崖に いくつか侵食によってうがたれた穴が見える。 崖の頂上から、梯子状に編まれたかざりのついた縄が 海岸の松林まで引かれている…
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美の呪力(岡本太郎)を読む

「芸術は爆発だ」というフレーズをよく聞かされたが、 芸術家としての彼がどのような思いで、 これを口にしていたのかが解った。 展覧会にある美術品や芸術のよそよそしさ。 美術史の偏ったながれ。 岡本太郎は窒息しそうだと言う。 彼の目は、 エスキモーのイヌクシュク(石組み)や 南西諸島の「「御嶽」(うたき) 恐山の石…
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「渡来の民と日本文化」(沖浦和光・川上隆志)を読む

播磨に勤務して何年かが過ぎた。 この地に残る、一種独特の技術風土を感じていたが それが何からくるものか考えていた。 この本を読んで、その疑問が解き明かされた。 その技術の担い手となったのは、大陸からの渡来人である。 渡来人も大きく分けて2種有り 畿内の中央政府に属したものと その外縁部や畿内でも在野に居住したものがある…
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伊勢神宮 に参る (3) おはらい町と内宮

内宮は外宮と打って変わって大勢の参拝客でごった返している。 やはり、おはらい町(参宮街道)という鳥居前町が集客力を発揮していると思う。 昔も同じような賑わいだっただろう。 当然、色町なんかもあったに違いない。 人が集まるからあるのか、あるから人が来るのか。 参宮街道の裏は五十鈴川の河原である。 市と河原、お決…
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伊勢神宮 に参る (1) 外宮

クリスマス休暇ということで、 神道の国の日本人としては、 神の国、伊勢・志摩に旅行することになった。 今回は昨年のような牡蠣料理でなく、 前回の宿題であった「伊勢まいり」をメインにする。 ほんとに、お伊勢さんは小学校の修学旅行以来だ。 いったいどうやって伊勢まで行って どこに泊まって何を見たのか まったく記憶はな…
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垂水日向遺跡 や 宝篋印塔(遊女塚)  諸々  

垂水に買い物に出かけたついでに、ベレー帽してみる。 天気がとてもいいので、以前行った五色塚古墳から 明石海峡を見ようということで、 歩いていると、「宝篋印塔(遊女塚)」なる立て札に出くわす。 それは、墓所の中に、高さ4mもある宝篋印塔(ほうきょういんとう)であった。 宝篋印塔は五輪塔などと同じ仏塔の一様式で、 各地の寺院…
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網干から赤穂までの海岸線を走る (網干・室津・坂越)

秋晴れのいい天気。 サイクリング仲間と網干から赤穂までの海岸線を走る。 交通量の多い国道を避けて、 古い街道と町並みを選んで走った。 自転車で走るには最適のコースだった。 網干(興濱)の古い町並みを通りかかると ちょうど秋祭りの屋台を引き出しの最中で テコを使って方向転換するところに出くわした。 祭り屋台…
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生國玉神社(いくたまさん) に参る

「説教節 さんせう太夫」の初演の場所が 天王寺の「生國玉神社」であることを知り、 機会があれば、訪れたいと思っていた。 ちょうど、難波に出かける用事があったので 足を運ぶことにした。 地下鉄谷町9丁目から地上に出ると 上本町から難波方面へ下る坂道が目に入ってきた。 ここらは台地(上町台地)になっている。 先日読んだ「…
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「三内丸山遺跡」を訪ねる

ずっと、行きたかった「三内丸山遺跡」だが、 青森に所用があり、ついでに訪れる。 青森空港に降り、さっそくレンタカーを借りて 付いているナビゲーションシステムに「三内丸山遺跡」と入力する。 田舎道を5kmほど走ると、 自衛隊の駐屯地と大きな総合公園が見えてきて その一角に三内丸山遺跡がある。 昔から、縄文遺跡があ…
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「五色塚古墳」に登る

垂水に用事があったので ついでに「五色塚古墳」に行くことにする。 昔はJR(国鉄)から、松の茂った小山が見えるだけだったが きれいに整備されて、築造当時に近い姿が見れる、 日本でもめずらしい古墳だ。 「五色塚古墳」は4世紀終りころの築造といわれている。 古墳は平野にあるものが多いが この古墳は、大阪湾と明石海峡を望む海…
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熊山遺跡と頭塔

昨日「世界不思議発見」を見ていたら、 ベレー帽意欲をそそるものがあったのでメモする。 「ボロブドゥール遺跡」に類する遺跡が日本にもある。 【キーワード】 ボロブドゥール遺跡  インドネシアジャワ島 シャイレンドーラ王朝   8C~9C 大乗仏教遺跡 義浄  唐の僧 635~713  海路 インドへ 帰路イン…
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加茂岩倉遺跡

荒神谷遺跡をあとにして、次の目的地、「加茂岩倉遺跡」に向かう。 また、ここも大量の銅鐸が埋められたにしては、驚くべき場所だ。 国道54号線から、わき道に入り1kmほど谷を登り、 車は手前の駐車場に止め、そこから坂路を歩くこと10分で 遺跡の場所にたどり着く。 写真でもわかるように、谷の最上流部の山の斜面の中腹に出土…
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荒神谷遺跡

いよいよ荒神谷遺跡にやってくる。 はっきり言ってなぜこんなところから、 大量の青銅器が出土したのかというのが率直な感想だ。 地形的に言うと、出雲平野の端の八手に広がった小さな谷のひとつの 一番奥まったところに出土地がある。 下は遠景したものだが、中央の道の奥、左折したところに発見地がある。 付近を見回…
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出雲玉造遺跡

玉造は温泉で有名だが、縄文から古墳時代末期にかけての 玉造の工房跡があったところだ。 今回はスケジュールに入れていなかったが、 荒神谷遺跡への通り道だったので立ち寄った。 史跡公園として整備されていて、朝露の降りた園内を歩くと はるか古代人がここで勾玉や環を作っていたことが空想でき、 いい感じである。 ただ、遠…
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タオルミーナのギリシャ劇場

2300年前にこの劇場が造られたなんて信じられない。 エトナ山とイオニア海を背景に 演劇を見るなんて、 なんと贅沢なことをしていたんだろう。 この規模といい、この美しさといい、ギリシャ文化の成熟度が伺われる。 そのころ日本はやっと縄文時代。 現在も劇場として使われているので足場が見えるが これがないときに来…
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フェニキア人の階段

いまでこそ、自動車道路がついているが、 昔は断崖をよじ登っていた。 その痕跡のジグザグ道が残っている。 フェニキア人の時代のものだそうだ。 写真を拡大するとよくわかる。 日本の観光案内書にはあまり載っていない。 地元ガイドに聞くと教えてくれた。 たしかに観光案内所に売っている地図にはScala Feniciaと…
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石の宝殿

かねてから行きたいと思っていた、「石の宝殿」にサイクリングを兼ねて行く。 「石の宝殿」とは、高さ5.7m、幅6.4m、推定重量500tの古代石造物である。 伝説によると古代、 大穴牟遅(おおあなのむち)、少毘古那(すくなひこな)の 二神が天津神の命を受け、出雲からこの地に来たとき、 石の宮殿を作ろうとしたが、工…
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