テーマ:イタリア

サッソの洞窟住居の内部

サッソの洞窟住居を再現して見せてくれている。 入場料3ユーロ。日本語の案内テープあり。 照明されているので結構明るいが、実際は明り取りの窓が1つしかない。 また、農耕用の家畜(ロバ)も同じ洞窟に飼っている。 もちろんトイレは壷みたいなものが部屋の隅にあるだけ。 不衛生極まりない。 イタリア政府が条例で住民に強…
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サッソ・カヴェオーソ

サッソ・カヴェオーソを遠望する。 サッソ・バリザーノに比べてくすんだ色をしている。 凝灰岩を削りだして町を造ったのがありありとわかる。 長崎に「軍艦島」というところがある。 あの写真集や詳細測量図を取り寄せ見たことがあるが、 あの複雑さ以上の町並みである。 時間があれば、迷い込みたいのだが。。。
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先史時代の洞窟

グラヴィーナ川の渓谷の向こうには、いくつもの洞窟が見える。 先史時代の住居跡があるという。 凝灰岩の洞窟を住処にする、CAVEMAN ふと「2001年宇宙の旅」のオープニングを思い出す。
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迷宮都市 (サッソ・バリザーノ)

マテーラは洞窟住居で 世界遺産に指定された町である。 新市街からグラヴィーナ川へ下る斜面に その住居群が展開する。 まさしく迷宮都市である。 6月というのに気温は38度、白い凝灰岩の照り返しもあり、40度は超えている。 洞窟住居はサッソ・バリザーノとサッソ・カヴェオーソの2地区に区分される。 残念ながら…
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逃げ遅れた人

逃げ遅れた人の石膏型が残っている。 説明によると、死んだ人の肉体が朽ちた後、火山灰の空洞が残り、 そこへ石膏を流し込んでかたどったもの。なるほど。 当時のポンペイの人口は2万5千人。 そのうち逃げ遅れて死んだ人は2千人ほど。 逃げ遅れた人は、どうも財産をかき集めて逃げ遅れたようで、 何事も欲張るといけないという教訓。
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フォーロ(中央広場)

フォーロはいわゆるポンペイの中央広場である。 まわりには当時の重要な建物が並んでいる。 ここからヴェスーヴィオ火山を遠望する。 かなり火山は遠くに見えるが、 1階部分が完全に埋没するくらいの火山灰が降ってくるとは、 すごい噴火だったのだなあ。 それも3日間も続くとはすごいエネルギーが放出されたものだとあきれる。
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道しるべ

ポンペイの石畳に残されたしるし 何を意味するのか? 実は、娼婦の館の方向を示している。 ふむふむ。 人々の欲望は、いつの時代も同じですね。
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坂の街

海へ向かって下る坂の街である。 ウンベルトⅠ広場から地図なしでも、 下れば、マリーナグランデに着く。 どこかに似ているなと思ったら、 この5月に行った尾道や鞆に似ている。 どちらも海上交易都市という点でも似ている。 高齢者は生活が大変だと思うが、 老後に海を見ながら暮らすというのは あこがれてしまう。
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青の洞窟

これが青の洞窟の入場順番待ち風景だ。 結局1時間半ほど海上で待たされた。 船酔いする人もいる。 ガイドに言わせれば、「入れるだけラッキーですよ。」 なんと我々の船の船頭が船酔いしていた。 体調が悪かったのか?なさけない。 とにかく世界的?(アメリカ人と日本人)に有名な観光地である。 10ユーロ(船賃)+4ユ…
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フェニキア人の階段

いまでこそ、自動車道路がついているが、 昔は断崖をよじ登っていた。 その痕跡のジグザグ道が残っている。 フェニキア人の時代のものだそうだ。 写真を拡大するとよくわかる。 日本の観光案内書にはあまり載っていない。 地元ガイドに聞くと教えてくれた。 たしかに観光案内所に売っている地図にはScala Feniciaと…
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マリーナグランデ

カプリ島は「ひょっこりひょうたん島」の形をしている。 かたく言うと「地中海の海上貿易都市」の形態をなしている。 観光船はマリーナグランデ(大港)に着く。 集落(カプリとアナカプリ)は山の上にあり、今でこそ道がついているが、 昔は港からは断崖を上っていくしかない。 自然の要塞だ。
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