テーマ:熊野

吉野口 柿の葉寿司を食べる (beret-expedition2008 §17)

いよいよexpedition2008も吉野口駅で終わる。 吉野口駅は近鉄とJRがホーム、駅舎を共有しているが 駅前は寂れた片田舎の雰囲気で、昼飯を食べようにも何もない。 駅前の交差点に柿の葉寿司の幟を見つけて、事務所のような店に入る。 幸いなことに駅弁「柿の葉寿司」の製造所であった。 さっそく柿の葉寿司を所望すると、 寿…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

まぼろしの「五新鉄道」 (beret-expedition2008 §16)

五條新町のはずれに立派なコンクリートアーチが見られる。 アーチのたもとの看板によると「五新鉄道」の軌道の残骸である。 贔屓目に見て、銀河鉄道999の発射台のようでもあるが、 実際はガード下は付近住民の物置と化している。 五新鉄道とは五條と新宮を結ぶ鉄道のことで、 1937年に建造が始まり、1959年に社会情勢の変化から…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

五條 新町(紀州街道)を探索する (beret-expedition2008 §15)

紀伊山地を縦断し、紀ノ川との結節点、五條に出る。 五條市内に入ると、なにやらベレー帽2人組の嗅覚が刺激される。 本能に従い、狭い路地に入ると、やはりそこはベレー帽的町並みが連なっていた。 国道168号線からの入り口 このような「しもた屋」が並んでいる。 富の泉源は何だったのか。 紀ノ川、紀州街道の交通結節点と…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

谷瀬の吊り橋とディビダーク工法(やじろべえ工法)(beret-expedition2008 §14)

谷瀬のつり橋を過ぎたあたりから道が険しくなってくる。 途中、ディビダーク工法でバイパス橋を造っている現場に出くわし、仕事柄、興味深く観察する。 休日も現場は稼動している。ご安全に ちかごろ土木事業への風当たりが強い。 必要以上の工事は考えものだが 社会資本の蓄積、技術の伝承として 土木事業を評価していく必要がある…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

温泉地温泉に泊まる (beret-expedition2008 §13)

「とうせんじ」温泉と読む。 十津川温泉郷の一角にあるひなびた温泉である。 60度近い硫黄温泉でかけ流し。 野天風呂からは熊野川の渓谷が望める。 夕食にはヤマメ料理が出てきた。 熊野川で採ったという。 翌朝、部屋の窓から熊野川が見える。 目を凝らすと川面にきらきらと光るものが見えると思ったら魚だった。 梁の跡も…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

熊野本宮の亀石と大黒石の不思議 (beret-expedition2008 §12)

熊野本宮の境内に亀石と大黒石なるものがある。 神殿の前に狛犬のように一対として置かれているが 特に由来が記されてもなく気になる。 鳥居の台座か建物の基礎石のようにも見えるが それにしては使い込んであるように見える。 ひょっとして たたら製鉄のケラを小割する「亀石」と「ゆらぎ石」という一対のものがあるが…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

熊野本宮大社(大斎原)と一遍上人(beret-expedition2008 §11)

熊野本宮大社跡 大斎原を訪ねる。 一遍上人が熊野権現から 「信不信をえらばず、浄不浄をきらはず、その札をくばるべし」 との夢告を受け、教義を固めた場所でもある。(1274年・文永11) 10年ほど前に訪れた時、大鳥居もなく やや荒廃した感じだったが、 いやに整備されてしまった嫌いがある。 熊野川の中州に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

熊野那智大社に参る(beret-expedition2008 §10)

大社下まで車で行けるが大門下に車を置き 大門坂を歩いて登る。 大門坂は杉木立が続き、 熊野古道の最終区間としていい感じで残っている。 30分ほど汗だくで登るとやっと那智大社の石段に出る。 ここから467段の石段を登りきると 西国観音霊場一番 那智山青岸渡寺。 亡き祖母がお盆になると 御詠歌を詠って…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

補陀洛渡海とは何か ((beret-expedition2008 §9)

平安時代の始め、 南海の彼方に補陀洛という 浄土があるという信仰が生まれ ここ、那智の海岸から わずかな食糧と水を積み込んだ小舟で大海へ。 その名も、補陀洛山寺。 補陀洛渡海した25人の上人の墓がある寺を訪ねる。 これは那智参詣曼荼羅絵図であるが、 この最下部を見ると補陀洛渡海を実行しようとしている。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

新宮の街 熊野速玉大社や浮島の森(beret-expedition2008 §8)

熊野速玉大社 ここより西方の神倉山のコトビキ岩をご神体とする。 よくある普通の神社の雰囲気。 時間もなく、神倉山は行けなかった。 境内の興味を引いた樹木 「ナギ」  マキ科  南方系の渡来木 葉の形態は広葉樹のようだが葉脈は針葉樹 「オガタマノキ」 モクレン科      神木 天照大神…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

花の窟 を訪れる (beret-expedition2008 §7)

はイザナミノミコトがカグツチを生んで 両者が葬られた地として 日本書紀に熊野の有馬村と記されたところだという。 今回、ぜひ訪れたいと思っていた場所だ。 砂岩と思われる50mほどの崖に いくつか侵食によってうがたれた穴が見える。 崖の頂上から、梯子状に編まれたかざりのついた縄が 海岸の松林まで引かれている…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

橋杭岩 (beret-expedition2008 §6)

串本の橋杭岩は もっとチャチなものかと思ったいたが 意外にスケールが大きく感心する。 そばに、ベレー帽的説明看板があり、 「新生代第三期 熊野層群敷屋累層の泥岩に貫入した石英斑岩が 周りの泥岩が波による侵食作用でなくなったため 硬い石英斑岩の直立した岩脈が残され橋杭岩となった」 とある。ふむふむ 新生…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

本州最南端の地を踏む (beret-expedition2008 §5)

田辺を後にし、潮岬に到達する。 本州最南端の碑があり、ひなびた観光ハウスがあるだけ。 ただ、水平線を見る。 昔、NHKラジオ第2で聞いた 気象通報で読み上げられる 「潮岬では風力5快晴気圧1010ミリバール」とかを思い出す。
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

ウツボ を食す (beret-expedition2008 §4)

田辺の町をうろついて遅い昼飯にすることにした。 なになに、秋刀魚鮨、ウツボ  ここはやっぱり、「ウツボ」でしょう。 ということで、「ウツボの酢の物」と「ウツボのからあげ」が下図 お味はなかなか淡白ですこぶるよろしい。 からあげは結構いけますよ。 酢の物もいいけれど、よく見ると黒い皮がグロテスク。 見ないで食…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

なつかしい田辺の街角((beret-expedition2008 §3)

南方熊楠顕彰館を後にして、田辺の町並を散策する。 こじんまりとしているが、なかなか趣のある町並みだ。 右 きみいでら 左 くまのみち の道標が見える古い商店街 おしゃれな洋館作りの古い医院 古い洋館=お医者さん 地方都市に行くと、よくあるパターン 折箱専門店 箱だけの専門店があるという…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

南方熊楠顕彰館を訪ねる (beret-expedition2008 §2)

今回の熊野旅行の出発点は田辺である。 42号線を走ったおかげで、12時過ぎに田辺市内へ入る。 なかなかこじんまりと趣のある町並みだ。 田辺と言えば、ベレー帽にとって避けて通れない 南方熊楠が居住していたところだ。 beret-estと熊楠顕彰館で落ち合う。 顕彰館は入場無料で、熊楠関係のパネル展示がしてある。 …
トラックバック:2
コメント:2

続きを読むread more

みかん山の風景 (beret-expedition2008 §1)

2008年ベレー帽探検旅行のテーマは熊野である。 熊野までの道のりは今でも遠い。 神戸からは、湾岸線、阪和道を経て、300km以上ある。 和歌山を過ぎて、御坊湯浅道路が大渋滞しているので 国道42号線に降りる。 のんびりだが、その地の風景が見れてよい。 有田はみかんの産地で有名だが 山の斜面はことごこくみかん畑で …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「日本の原郷 熊野」(梅原猛) を読む

熊野詣を計画している。 そこで事前お勉強ということで、 10年以上前、中辺路を歩いたとき買って 本棚に押し込んでいた本を再読する。 たしかに熊野は謎を秘めた場所だ。 これほど交通機関が発達した現代でも 大阪から那智大社までまだ3時間は優にかかるのも かえってその魅力を倍増している。 熊野有馬村に「花の窟」ところが…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more