テーマ:古代

つくられたエミシ(松本建速)

古代東北地方にエミシという民族がいたかどうか。 アイヌでもなく、夷でもなく、エミシ どうも、東北地方で馬に関連する人々をそう呼んだ。 馬飼いは、クロボクと呼ばれる土壌の地域で発達していた。 クロボクと中近世の牧場の分布は似通っている。 土坑墓という形式は東北地方にあり、半地下式土坑墓は関東(茨木、栃木、群馬、千葉)…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本の聖なる石を訪ねて(須田郡司)

旅をしていると、時々何か意味のありそうな大きな岩や、 明らかに古の人が何かの意図を持って 積み上げた石造物によく出会うことがある。 その多くは、存在意味は分からないが、 しばらく佇むと何かを語りかけてくるのは事実である。 そんな日本各地にある磐座であるとか あるいはドルメンといった類のものを300箇所紹介している。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

古代翡翠をめぐる謎

日本古代史で鉱石利用というに、 黒曜石に並んで思い浮かぶのは翡翠である。 糸魚川へ翡翠の謎を探る旅の前に予備知識として整理する。 古代勾玉(まがたま)ストラップ 根付 ヒスイ [翡翠 Jadeite]野津めのう店 Amazonアソシエイト by 翡翠は硬玉(本翡翠)と軟玉(ネフライト)があるが、 まったく…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

古代遺跡をめぐる18の旅(関裕二)

古代遺跡はいわゆる旅行書ガイドブックには載っていない。 筆者が言うように、近くに行きながら後で見逃していたことを知って ほぞをかむこともなる。 見るべき遺跡を紹介してくれている。 すでに行った遺跡もあるが、行きたい遺跡もある。 纏向遺跡 さいたま風土記の丘 稲荷山古墳 雄略天皇 銘 鉄剣出土 池上曽根…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

星地名とは何か

星の付く地名は、何か意味ありげで気になっていた。 星地名は、縄文人が移動する際の コンパスの中心となる地であるという。 つまり、ランドマークとなる6つの山を結ぶ対角線3線の交点にあるのが星地名で、 縄文人にとって特異な場所として「ホシ」という地名を付けたという。 「ホソ」「コシ」も「ホシ」に類する地名だという。 ホシとホ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本の土(山野井徹)を読む

クロボクという土がある。 大学の土壌学では火山灰が成因であると教えられた。 しかし、どうも人為的に作られた土壌であるという。 それも縄文人が作ったという。 確かに、阿蘇山とか蒜山とかに行くと、黒々とした土壌に出会う。 当然、火山の噴出物由来のものと思い込んでいた。                2004 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

かぐや姫と王権神話(保立道久)を読む

かぐや姫は誰でも知っているおとぎ話である。 いや、そうでなく実は、 中世から古代国家成立の謎まで遡る物語であることを この本は解き明かしてくれる。 冒頭に用意されたキーワード 1 ことばの歴史 はじめてのかな文字文学である。 日本語の文字の成立過程で作られた文学 2 日本の自然 竹、富士山 物語の成立時期…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

海の人々からの遺産 (ジャック・マイヨール)を読む

あのグランブルーのジャック・マイヨールの本。 「子供のころから好奇心の塊だった」という彼が 海に魅かれたのは当然であったのだろう。 確かに海は果てしなく、謎に満ちている。 3部からなる。 第1部はハバマ諸島の南ビミニ島の浅瀬に残された、 ナスカ地上絵のような模様。 これは上空600mほどからみると、 魚や鳥の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

但馬の古代製鉄はどこで行われたか

但馬に来てから、古代製鉄の遺構が どこかにないかと探していた。 新羅から但馬へ渡来したアメノヒボコは、 製鉄技術も携えてきたと伝えている。 まあ、アメノヒボコの物語は置いておくとしても、 多くの鉄器が合葬された「茶すり山古墳」が物語るように、 この時代の鉄器はどこから供給されたのかという疑問もあった。 …
トラックバック:1
コメント:2

続きを読むread more

コメを選んだ日本の歴史(原田信夫)を読む 「戦いの発生」や「肉食の忌」など

日本ほど、コメに執着した民族はいない。 コメを主軸にした日本通史。 興味深く読む。 「稲作がもたらした弥生の社会構造の変化(特に戦争)」が興味を引く。 簡単に整理すると 食糧の安定化 社会の分業化 村レベルを超える石器の外部移入 朝鮮半島からの金属器の流入 専門集団(金属器、流通)の登場 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「茶すり山古墳」に登る (朝来市和田山町筒江)

とても天気がよいので「茶すり山古墳」へ、自転車で行ってみた。 発掘後、整備されているので美しい古墳の姿が見れる。 築造時の姿で古墳が見れるのは、 あとは、神戸市の五色塚古墳ぐらいだろう。 駐車場と無人ガイダンス棟があり、案内ビデオが無料で見れる。 ここで予備知識を仕入れる。 山頂が平らだっ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

倭文神社 鮭の宮 (生野町円山)

生野峠の登り口の集落に小さな杜があり、 おそらく神社か墳墓ではないかと いつも気になりながら車で通り過ぎていたが、 今回確かめることができた。 旧道に面して、円山川を渡ったところに鎮座している。 なんと倭文神社とある。 このようなところに倭文神社があるとは。 倭文というのは、いわゆる古代、機織り技術を持…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

巨石巡礼

山野にある巨石は、 古代の物語が秘められていることは確かだ。 旅すると、突然そのような巨石に出くわすことがある。 あるときは古代人が住居にしたかもしれない。 神を祭ったり、死者を弔ったり、戦いの砦になったのかもしれない。 もはや、誰も知らない、歴史の出来事を巨石は多く見てきている。 正月休みに読む…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

茶すり山古墳 副葬品展に行く (朝来市埋蔵文化財センター)

天気もあまりよくないので、 朝来市埋蔵文化財センターで開催している、 特別展「茶すり山王のすべて」に行ってみる。 入場料無料というのが、いい。 常設展示は大したものはないが、 別室の茶すり山古墳の副葬品の  特別展示はなかなかの見ものだった。 まず、目を引いたのは、鉄製の甲冑 朽ちず、よく残っ…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

高塚山に登る (高塚山古墳群)

天気もいいので山登りをする。 高塚山という標高185mほどの里山である。 神戸市外国語大学の横に上り口がある。 ムラサキシキブの写真を写していると かなり年配の方が声をかけてきた。 聞くと「高塚山を愛する会」という地元ボランティアで 登山道の整備をされているらしい。 桜の苗も植えて、ベンチなども作ったらしい。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

西谷墳墓群と出雲弥生の森博物館を訪ねる (四隅突出型墳丘墓)

「四隅突出型墳丘墓」は、弥生時代後期に作られた墳墓の一様式である。 今回の探検の一つは、この墳墓の実物を見ることにあった。 出雲空港でberet-estをピックアップして、 「出雲弥生の森博物館」に直行する。 この博物館は、西谷墳墓群に隣接して建てられた、 平成22年にオープンした新しい博物館である。 入…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

断層帯と文明・都市に関するメモ

BBC製作の「プラネットツアー」という科学番組を見る。 多くの文明や都市は、断層帯の近くに繁栄し、 断層帯の活動により滅亡した。 断層帯の存在は文明にとって切り離せないものという。 それは、断層帯が地球内部の有用な鉱物資源を 我々の手に届きやすいところへもたらし、 断層帯による地形形成が、交易や産業立地の有利性となり …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

葬られた王朝(梅原猛)を読む

以前、荒神谷遺跡、加茂岩倉遺跡、出雲玉造遺跡を訪ねたことがあるが、 確かに出雲にはヤマトに匹敵する古代国家が あったのだと感じた。 あのときの数々の謎が解き明かされた。 荒神谷、加茂岩倉の大量の銅剣、銅鐸の埋設の意味 加茂岩倉遺跡の銅剣、銅鐸に記された×印の意味 これらを梅原はみごとに解き明かしてくれた。 さら…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

武蔵国国分寺を訪ねる

beret-estの手引きにより「武蔵国国分寺」跡を訪ねた。 国分寺跡は武蔵野段丘が切れて多摩川に落ち込む場所にある。 現在も段丘の境にはハケとよばれる湧水地があり、 清水が湧き出ている。 国分寺の立地として、やはり水がある場所を選んだのだろう。 国分寺跡から武蔵野段丘を望む。 すでに段丘崖は住宅地に侵食…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

鳳来寺と巨大な自然岩の鏡面

今では、鳳来寺という寺と東照宮があるが、 その以前から、「巨石信仰」の場所だったと思われる。 こういった自然岩の鏡面は、全国あちこちで見かけるが たいがい信仰の場所になっている。 古代人は巨石に何を見ていたのだろうか。 (鏡岩) コトビキ岩、那智の滝、花の窟
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

伊丹海進と海浜性植物の分布(備忘録として)

生物関係の寄り合いがあり、 「伊丹海進」とその影響と思われる植物分布について 興味ある話を聞く。 1万年前の「縄文海進」のさらに前、 3万年前には、伊丹段丘のあたりまで海があった。 これを「伊丹海進」と言うようだ。 現在でも、海浜性の植物が、 伊丹段丘の内陸部に分布するのはこの影響だという話。 …
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

和気清麿呂 一族の地を訪ねる(和気神社)

この碑は、JR山陽線の車窓から、 結構よく見えるところに立っていて、 気にはしていたが、何の顕彰碑かは分からなかった。 車で寄り付くのには、 集落の奥まったところに立っていて、 細い農道を通るので難儀する。 「和気清麿呂公碑」とあるが 紀元2600年を記念して建てられたもので、 これ自身はあま…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

鐸比古・鐸比賣神社 と 柏原大県製鉄遺跡 に行く

この9月に柏原市立歴史博物館を見学した折に、 大県の製鉄遺跡と、そのそばの 鐸比古・鐸比賣(ぬでひこ・ぬでひめ)神社のことが とても気になっていたので、 行ってみることにした。 国道170号線の旧道、東高野街道に面して鳥居がある。 参道の入口は、前の国道170号線と同じくらい広い。 両脇は結…
トラックバック:2
コメント:1

続きを読むread more

日本一小さい考古館「有年考古館」を訪ねる

373号線に入るとすぐ「有年考古館」の入口標識が目に止まる。 標識に従い、田んぼ道をしばらく行くと、 昔の小学校風の建物が目に入る。 これが「有年考古館」である。 そばの解説板によると在郷の医師、(故)松岡秀夫氏が 昭和25年に設立した私設博物館である。 入ろうと思ったが入口が施錠されていた。 裏手に廻…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

柏原市立歴史資料館 を訪ねる

柏原市は古墳の数が日本一多いとか言われている。 その柏原市に歴史資料館があるのでさっそく行ってみた。 JR高井田駅の北の住宅地の中にひっそりと建っている。 入館料無料というのもありがたい。 館の入口に柏原市の文化財の電光位置図がある。 古墳 のボタンを押すと、このように真っ赤である。 (発光ダイオードが点…
トラックバック:1
コメント:4

続きを読むread more

中将姫伝説 (beret-expedition2009§7)

中将姫の墓と伝えられる十三塔が 當麻集落の共同墓地の一角にある。 3mほどの花崗岩製のかなり立派なものだ。 しかし、ちょっと目立たないところにあるので、 ベレー帽2人組も、見過ごしそうになった。 【中将姫伝説】 藤原豊成の女、中将姫が当麻寺で出家し 蓮糸で浄土曼荼羅を織ったという伝説。 能とか浄瑠璃の題目…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

翁の発生(折口信夫)

翁は常世人であり、まれびとでもある。 沖縄 八重山 にない、かないの国の神 常世の国を山中に想像するようになったのは 海岸の民が山地に移動したから 山姥は、山ノ神の巫女 神を育てるものとして、坂田金時の母 柳田國男 「雪国の春」春のまれびと 「なもみ」は火だこのこと 火だこが生じるような怠け者を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

古代米玄米餅「あか穂実り」

頂きものの「古代米玄米餅」を食べる。 素朴な味で、ゆっくり何度も噛むとほのかな甘みが出てくる。 古代米は、赤米、黒米、緑米などがあるようだが、 「あか穂実り」というだけに、赤米が原料であろうか。 食べながら 柳田國男の「大唐田または唐干田という地名」という話を思い出す。 柳田は「トウボシ」とい…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

平城宮跡に立つ

西大寺駅から歩いて15分ほどで平城宮跡の中心部に立つ。 朱雀門から入って、正面に見える覆い屋根が復元中の大極殿。 残念ながら、都の跡に立つという感慨がまったくわかない。 付近はのどかな水田跡が広がり、雲雀の鳴き声が聞こえ ジョキングや野鳥観察をする人が見える。 はるか東に若草山が見える。 1200…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

諏訪大社上社 に参る (beret-expedition 2007 §2)

諏訪博物館の前は、諏訪大社上社の門前である。 博物館で仕入れた知識をもとに、さっそくお参りすることにする。 諏訪博物館から参道を入り、鳥居をくぐると 本殿入口への階段があるが、実はこれは登ってはいけない。 順路は左を指し示しており、 別の鳥居から伸びる回廊を通って、本殿の入口に向かう。 さて、入口の正面が本殿かと…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more