テーマ:中世

南北朝動乱(水野大樹)

南北朝時代というのは、日本史の教科書でもせいぜい数ページで、鎌倉から室町への移行期のようなあつかいだが、日本史の中ではとても重要な時代でないかと思う。整理したくて、いろいろ本を読んでみるが、なかなかややこしく、いつも頓挫していた。たまたま手に取ったこの本は、手身近に整理されていてよくわかった。 南朝 大覚寺統(後醍醐天皇)と …
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一遍上人誕生地を訪ねる (伊予国 宝厳寺)

一遍上人は興味ある人物で、そのゆかりの地をあちこち訪ねてきたが、いよいよ今回はその誕生地である松山市宝厳寺を訪ねた。 本厳寺は道後温泉の一角にある。路面電車を降り道後温泉の本館を横目に、伊佐爾波神社の長い階段を登る。伊佐爾波神社は格式ある八幡社であり、社殿はりっぱなものらしいが残念ながら修繕中で覆いが掛けられている。 …
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日本中世に何が起きたか(網野義彦) を読む

時間つぶしに立ち寄った図書館でふと目に留まって読み始めた。 この本は雑誌や講演の原稿をまとめてあり、メモのようだがそれぞれ面白い示唆を含んでいる。 やはり、中世、とくに後醍醐天皇を前後して、歴史は大きな転換点であったようだ。 つまり、全国的に経済活動が活発になり、市庭(いちば・市場)の出現が、多種多様な職業人の出現をうながし、…
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天皇になろうとした将軍(井沢元彦)

最近、南北朝時代、特に建武の中興(最近は新政ともいう)あたりに興味があり手に取った本。結構この時代は、ややこしくて日本史の教科書でもわかりにくかったのを覚えている。しかし、天皇をめぐる内紛でありクーデターであり、日本史の中でもなかなか異様な時代であったことがわかった。この本は、もともと週刊ポストの連載であったので面白く読めた。 …
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有馬 太閤の井戸

有馬温泉で会合があり、帰り道で細い坂道を下っていると、 意外なものを見つけた。 「太閤の井戸」という案内板が上がっている。 確かに、地面に井戸のふたのような木がある。 この案内板がなければ、まったく何かわからない。 以前、茶道を少しやっていたことがあり、 過去の風流人は茶の水をあちこち求めたのを知…
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資本主義の終焉と歴史の危機 (水野和夫) を読む

資本主義とは「蒐集」すること 蒐集とは「周辺」から「中心」へ富を集めること 周辺とはフロンティアのこと 16世紀イタリアに発する資本主義が 終焉が近づいていることがよく理解できた。 経済本としてはなかなか面白い 資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書)集英社 2014-03-14 水野 和夫 Ama…
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かぐや姫と王権神話(保立道久)を読む

かぐや姫は誰でも知っているおとぎ話である。 いや、そうでなく実は、 中世から古代国家成立の謎まで遡る物語であることを この本は解き明かしてくれる。 冒頭に用意されたキーワード 1 ことばの歴史 はじめてのかな文字文学である。 日本語の文字の成立過程で作られた文学 2 日本の自然 竹、富士山 物語の成立時期…
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熊山遺跡を探訪する (封印された歴史と数々の謎)

以前、世界ふしぎ発見で、 奈良の「頭塔」に類するものとして、紹介されて、 一度、現地を訪ねたいと思っていた。 旧熊山町からアクセスしたが、結構、難しい場所である。 まず、JR熊山駅からの入口がわかりにくい。 車で頂上まで行けるが、 ガードレールがほとんどない山道で、 離合困難なほど狭く、 積雪でもあれば一巻の…
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東大寺南大門 金剛力士像

東大寺にたどり着く。 小学校の遠足以来だ。 南大門の柱のそばに佇み、金剛力士像をしばらくながめる。 ほこりで白くなって、金網が視界を遮り、残念な景観だ。 奈良時代の作品と思っていたが 説明版によると、 1203年(鎌倉時代)に雲慶快慶の慶派が作ったとなっている。 和の心 …
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伝 松風・村雨の史跡を訪ねる

寒いが歩いて多井畑厄神に初詣する。 ここ多井畑に残る松風、村雨の史跡を訪ねてみた。 松風、村雨は能「松風」に登場する伝説上の人物で、 多井畑の村長の娘姉妹「もしほ」「こふじ」のことで、 在原行平が寵愛したことになっている。 これは、松風、村雨が姿を映したという「鏡井」 住宅地の中に追いやられて、濁ってしまっている…
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「一ノ谷の戦い」の跡を訪ねる

源平合戦の激戦の地として有名だが、 近くにいながら、いつも電車や車で通り過ぎてしまい 訪ねたことがなかった。 須磨駅から海岸線をたどり一ノ谷に着く。 付近はまったく古戦場の風情を残すものもなく わずかに「源平史跡 戦いの浜」の石碑が残るのみである。 肝心の一ノ谷は、マンション群が乱立している。 この…
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補陀洛渡海とは何か ((beret-expedition2008 §9)

平安時代の始め、 南海の彼方に補陀洛という 浄土があるという信仰が生まれ ここ、那智の海岸から わずかな食糧と水を積み込んだ小舟で大海へ。 その名も、補陀洛山寺。 補陀洛渡海した25人の上人の墓がある寺を訪ねる。 これは那智参詣曼荼羅絵図であるが、 この最下部を見ると補陀洛渡海を実行しようとしている。 …
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石原莞爾 愛と最終戦争 (藤村安芸子) を読む

こだわっているテーマの1つ  「国家とは何か」の一環で読む。 石原莞爾という人は満州事変の主導者である。 職業軍人として、彼の戦争の意義づけが 哲学としてどのように形成されたのか書かれているが 残念ながら、 石原の思想については、十分理解できなかった。 難解な本であった。 ---------- 以下メモ 末法…
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一遍 入寂地を訪ねる (真光寺) 

一遍上人は、多くの宗教人の中でも 興味深い人物である。 権力、妻子を捨て、遊行の末 大輪田の泊の観音堂で往生したといわれる。 今まで近くにいながら、訪れることはなかったが たまたま、サイクリングの途中 その真光寺にある廟所に参ることが出来た。 折りしも、彼岸で境内は法要が営まれていたのも これも何かの縁かもしれな…
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平忠度(ただのり)の塚を訪ねる

明石へサイクリングの途中、 国道2号線を走るのはいやなので 裏道をよく走るのだが、今日は 平忠度(ただのり)の碑を見つけた。 付近には忠度公園などもあり 住民に愛されているようで 小さな五輪塔が丁寧に祀られている。 そばの説明板によると 一の谷の戦い(1184)で 源氏方の岡部六弥太忠澄に討ち取られたと…
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アースダイバー (中沢新一) を読む

「縄文海進」 考古学や地質学で、しばしば出てくる言葉だ。 縄文時代は今より海面が3~5m高かった。 このころの東京はあたかもフィヨルドのように入り組んだ 入り江の多い場所だった。 この名残が、今の東京に読み取れるという。 そればかりか、今の東京の重要なポイントは 縄文時代からの、霊力の高い聖地が多いという。 たとえば…
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平将門首塚

上京する用があったので、beret-eastの手引きにより 「平将門」をベレー帽することになった。 あいにくのどしゃぶりで、とりあえず丸の内にある将門首塚を訪ねる。 平将門は10Cの人物であるが 平将門は藤原純友とセットで高校日本史の片隅に出てくるくらいで、 あまり意識していなかった。 しかし今回、事前調べを行ったが …
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草土千軒遺跡

「草土千軒」は、芦田川の下流に室町時代に栄えた交易都市である。 芦田川の改修に伴い、大がかりな発掘調査が行われ かなりの規模の町であったことが明らかになった。 これらの出土品資料は福山城に近い「県立歴史博物館」に 原寸大のジオラマとともに展示されている。 展示は実に見ごたえのあるもので、ベレー帽2人は とても満足…
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