サハラ砂漠(2019モロッコ紀行)

モロッコはサハラ砂漠の北の入れ口でもある。 エルフードというサハラの入れ口でもあり、軍事的な街からバルバル人の運転する四駆に乗って砂漠のそばの村メルズーガを目指す。 僅かに残る緑のステップ地帯を走り 一面の土の世界に入る。 砂漠は砂だけだと思っていたが、土砂漠、岩石砂漠の3種類があり、面積的には土砂漠…
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珈琲の表現 (蕪木祐介)

街の珈琲屋さんの書いた本。コーヒーの入れ方からエッセイまで、珈琲のことがよくわかる。 神戸には個人の珈琲屋さんがあちこちあって、学生時代は目的もなしに入って時間をつぶしたり、 彼女との待ち合わせ場所にして長い時間おしゃべりしたものだ。 そんな珈琲屋さんがどんどんなくなっていくのはさみしい。 筆者が珈琲屋を始めたいきさつや…
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アトラスを越えサハラへ(2019モロッコ紀行§16)

フェズからサハラ砂漠へは中アトラス、上アトラス、アンティアトラスの3つの山脈を越えていく。 この3つの山脈があることにより、地中海側はサハラからの熱を遮ることができている。 これらの山脈はプレートテクニクスによる造山運動が3期にわたり作ったものである。 フェズからしばらくは森林地帯を登って行く。 途中、イフレンという高原…
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無私の精神(小林秀雄)

小林秀雄は、考えるヒントを読んだことがある。簡単なことをたいそうに書くのだなあという印象だった。 「無私の精神」には、ある実業家の話が出てくるが、これは実例が示されて理解しやすい。 この実業家は、誰かが主張する意見には決して反対せず、みんな聞き終わると「御尤も」と言い、 自分のことになると、けっして弁解をせず「ご覧の通り」と言…
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フェズ・エル・ジェディド 王宮とユダヤ人ゲットー(2019モロッコ紀行§15)

フェズは新市街と、旧市街のエル・ジェディドとエル・バリの3つのエリアに分かれている。 フェズ・エル・ジェディドは古いフェズ・エル・バリ(迷宮都市)に対し、13世紀に市街が拡張され、エルジェディド(新市街)と呼ばれている。さらにフランス植民時代に、離れた新市街が形成された。 このエリアには、王宮があり、今でも国王がフェズ滞在の…
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フェズの新市街 フランスのなごりのようなもの (2019モロッコ紀行§14)

フェズは新市街と、旧市街のジェディドとバリ(迷宮都市)の3つのエリアに分かれている。 ホテルは新市街にあって、朝の食事前にそのあたりを散歩した。 新市街はフランス植民時代に形成されたので、そのなごりのようなものが見られる。 ムハンマド5世通の交差点はロータリーになっている。 街角には街路樹があって、カフェ…
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なめし革職人作業所 タンネリ・ショワラ(2019モロッコ紀行§13)

モロッコ旅行ガイドには必ず写真が載っている革職人の作業所である。 観光用に周辺の建物のテラスからその全貌が見えるようになっている。 なめし工程の壺 石灰やタンニンを使う。離れていても匂う強烈なにおいはアンモニア臭だ。 染色工程の壺 においが伴い、作業には水を多用す…
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カラウィーン・モスク 迷路の切れ間の入れ口 (2019モロッコ紀行§12)

迷路の切れ間に突然、広い空間が現れる。 カラウィーン・モスクだ。 残念ながらイスラム教徒のみしか入場できない。 異教徒は中庭を覗き見るのみである。 イスラムの大学でもあり、蔵書3万冊という大図書館がある。 といっても、建物の全体は外からは見えず、混沌とした迷路の切れ間に、広い空間の入れ口のみがあるという…
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迷宮都市フェズの運搬手段 (2019モロッコ紀行§12)

中世の街並みがそのまま残っているフェズであるが、その道は広いところでもせいぜい人が4人も並んだらいっぱいになる幅しかない。そんなところに店が並び商品を軒先からはみ出すくらいに並べ、その間を多くの人が行き交う。しかし、多くの店や居住区に物資を運搬しなくてはならない。 当然、自動車は入れるわけがなく、輸送手段としては、ロバ…
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迷宮都市フェズの魅力 どこまでも続く迷路 (2019モロッコ紀行§10)

この街の魅力はなんといっても、どこまでも続く迷路だろう。 それも同じものがひとつとない個性ある迷路が続く。 通路の両側は家屋の壁が迫り、壁が傾くのをつっかいをして支えているところもある。 通りから分岐する一人だけやっと通れる道はたぶん奥にある居住区への道だ。 …
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迷宮都市の内部へ フェズ・エル・バリ 手工業製品を製造し売る店(2019モロッコ紀行§9)

さらに内部へはいっていくと、手工業製品を生産し販売している店が多くなる。 染物屋 ランタンなどを作る金属加工 繊維製品を売る店 婚礼衣装 家内手工業といった形態で日常製品を生産し販売する。我々、日本人がすでに忘れかけている形態が強く残っ…
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迷宮都市の内部へ フェズ・エル・バリ さまざまな食材を売る店 (2019モロッコ紀行§8)

いよいよフェズのメディナ(旧市街)に足を踏み入れる。 メディナの入れ口は、ブ・ジュルード門。タイルの装飾が美しい。 門の向こうには教会の尖塔(ミナレット)が見える。 まず、現れるのがさまざまな食材を売る店。 ミントティーに欠かせないミントの葉を荷車で売りに来ている。 ズッキーニや瓜類を売る店 …
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迷宮都市フェズにやってきた(2019モロッコ紀行§7)

今回のモロッコ旅行の一番の目的は、フェズに来ることだった。 フェズはモロッコ最古の王都であり、すでに9世紀中ごろには、大学やモスクが建築されていた。 13世紀末から14世紀初頭には、絶頂期を迎え、フェズの商人は中国やインドとも交易していた。 そのような中世の街がそのまま残っているのだ。 今でも自動車すら入り込めな…
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ハマーム モロッコ蒸し風呂 (2019モロッコ紀行§6)

ハマーム あるいはハマム はモロッコの公衆浴場である。 いわゆる、蒸し風呂である。 写真はその全景。 ドームの手前から1室、2室、3室、壁が焦げているのがボイラー室である。 1室は着替え、2室ぬるま湯、3室は高温のサウナである。 メディナの細い路地に風呂の入れ口だけが見えることが多いが、ここシャウエンのハマムは…
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青に占領された街、シャウエン(2019モロッコ紀行§5)

最近、インスタなんかでよく画像が流れてくるモロッコの青い街がある。それがシャウエンなのだが、まるで海底に町があるような感じで写真を見る限り神秘的な感じの街である。 しかし、青の街として売り出したのは、たぶんごく最近のことではないかと思う。1995年版ガリマール社のガイドブックには、街の写真が載っているのだが、ただ白い壁の街…
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ムハンマド5世廟 (2019モロッコ紀行§4)

ハサン塔の向かいにあるのが、モロッコ独立に献身したムハンマド5世の廟である。 モロッコは1912~1956年の間はフランスとスペインの保護領となっていたが、1955年追放から帰ったムハンマド5世は、1956年にフランス、スペインから独立を勝ち得たのだった。 ガイドブックには建築はベトナム人ボ・トアンと書いてあるが、ボ・ト…
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ハサン塔と未完のモスク(ラバト)(2019モロッコ紀行§3)

1196年にスルタン ヤアクープ・エルマンスールにより建設が開始されたモスクは、イスラム世界で最大のモスクとなるはずだったが、彼の死後、放置され、80mになるはずのミナレットは44mのまま、200本の円柱とともに取り残されている。 ローマ遺跡とまた違った、未完の廃墟感がある。
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カスバ・ウダイヤと海賊王国 (ラバト)(2019モロッコ紀行§2) 

モロッコの首都はと聞かれると即座に答えられる人は、あまりいないだろう。 ラバトはモロッコの首都であり、その歴史を調べてみると、起源は紀元前3世紀にはじまる。 フェニキア、カルタゴ、ローマ植民市、イスラム要塞と変遷をたどり、1146年にムワッヒド朝の都となる。 そのころ建設されたのがカスバ・ウダイヤ(城壁)である。 プレー…
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壮大なハッサン2世モスク カサブランカ (2019モロッコ紀行§1)

ドバイ経由でカサブランカに着く。湿度が低いせいか思ったより暑くない。さっそく、ハッサン2世モスクへ。 このモスクは、ムハンマド5世の息子、ハッサン2世によって1993年に建てられた。 高さ200mのミナレット(尖塔)と2万5千人が収容できる礼拝堂と8万人の巡礼が集まる広大な広場。(データは仏ガリマール社のガイドブック…
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迷宮都市モロッコを歩く(今村文明)

混沌として見えるメディナも、中世、もともとあった生活基盤の上に イスラム法を適応して、秩序ある都市づくりをしたもの。 中世以降、廃墟化することなく今日まで続いたメディナに、 現代の都市計画の下で生活しているものが迷ってしまうのは当然だ。 現在の日本の街は、車中心の都市計画であり、 一方、メディナは人間中心の都市なのだ。 …
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火焔土器を見て、また縄文へ旅をしたくなった

県立考古博物館で「雪国の火焔土器文化」と題した講演会があったので、これは見逃せないと行ってみる。 講師は津南町教育委員会の佐藤雅一さん。話の主なテーマは縄文火焔土器のデザインについてだったが、興味をひかれる点があったのでアーカイブしておく。 津南町諏訪前遺跡出土の火焔土器 1 火炎土器は豪雪地帯に分布する。 …
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モロッコとイブン・バットゥータ

モロッコという国には一度行きたいと思っていた。 かなり前、迷宮都市として有名なマラケシュやフェズを知ってからのことだ。 今回、その国に行こうとしていて、いろいろ調べていると、イブン・バットゥータという名前が出てきた。 世界史の教科書に、「大旅行記」の著者(実際は口述)であると書いてあった記憶がよみがえる。 30年かけて、モロ…
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日本の島 産業・戦争遺産(斎藤潤)

今の日本では、島、それも小さな島は取り残された場所のようになってしまっている。 しかし、この本を見ると、明治以降の近代化の過程において、数々の産業が島に興り、かなりの施設が建設され、人口も多かったことがわかる。 また、日本という海に面した国ゆえに、戦争、国防のためにもかなりの規模の施設が作られたことがわかる。 整理すると 産…
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つくられたエミシ(松本建速)

古代東北地方にエミシという民族がいたかどうか。 アイヌでもなく、夷でもなく、エミシ どうも、東北地方で馬に関連する人々をそう呼んだ。 馬飼いは、クロボクと呼ばれる土壌の地域で発達していた。 クロボクと中近世の牧場の分布は似通っている。 土坑墓という形式は東北地方にあり、半地下式土坑墓は関東(茨木、栃木、群馬、千葉)…
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いま君に伝えたいお金の話(村上世彰)

村上ファンドは知っていても村上世彰のことはあまり知らなかった。 お金に対してこういう考えの人なんだということが分かった。 お金と仕事と幸福の関係は、なかなかわかりやすく書いてある。 誰かが、君の仕事の価値を見出してはじめてお金を稼ぐことができる。 どんなに好きで得意なことであっても、誰かがそれに対してお金を払いたいと思わなけ…
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