悪党芭蕉 (嵐山光三郎) を読む

読み終えて芭蕉の人物像がすっかり変わってしまった。
「旅する風雅人」として、芭蕉を見ている人は多いと思う。
しかし、門下1000人といわれる芭蕉一門は、
ねたみ、嫉妬、名声欲求、スキャンダルが渦巻き、
芭蕉自ら衆道を公然とする、どろどろした世界である。

このような中で、門下の俳人を束ね、
興行としての歌仙を滞りなく、まとめ上げるのは
強靭な精神が必要だっただろう。
それを芭蕉は表向き、風雅人の姿でとおすのだから
なかなかのものだ。

この本の第1章でまず語られるのは
よく知られる「古池や--」の句
背景となった池は
決して、かえるが飛び込む音が冴え渡る静かな趣はない。
実は、この池は、江戸大火で死人が飛び込んだ池で
ごみの浮かぶ泥の池だという。
これからして、私の持っていた芭蕉のイメージが覆された。

他にも、歌仙の進行の妙、芭蕉一門の内紛、芭蕉の衆道、
とにかく、芭蕉のイメージがまったく覆される、痛快の一冊だった。
これは著者、嵐山光三郎氏の力量によるところが大きい。
久々の ベレー帽度★★★★★ (満点5)の本だった。


さて、読後の私の新たな芭蕉像は

農村経済が崩壊し、商人が台頭し、幕府の基盤が揺らぎ始めた元禄
五代将軍綱吉のおかしな政治
芭蕉が生きた元禄は風雅だけでは生きていけない時代だった。
それを考えると、芭蕉が何者であったかは、十分理解できる。

芭蕉は都市を根城とする、流浪漂泊民だったのだ。
「不易流行」これこそ「都市」そのものなのだから。






悪党芭蕉

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