別府鉄道 の思い出

サイクリングで播磨町まで行く。
大中遺跡公園の中に
別府鉄道の機関車と客車があったので懐かしく思い撮影する。

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まだ高校生の時分に、今で言う鉄オタの友人K君に連れられて
土山から別府港までの4kmほどを乗車したことを思い出す。
まだ、昭和50年代後期だったが、
当時でもかなりのんびりした感じを受けた。


別府鉄道は、いわゆる軽便鉄道である。

国鉄土山駅の南に隣接してホームがあって、
この写真にある「別府鉄道のりば」の看板が立っていた。
知らない人は、国鉄の引込み線と思っただろう。

終着の別府港駅は、まるで貨物ヤードで
ホームでなく、引込み線の1つに停車して
ステップから直接降りたことを思い出す。

別府鉄道は多木化学の前進、多木肥料が肥料の積み出しに敷設した。
それで、別府鉄道のマークも多木肥料と同じ古代鍬である。
と、当時K君が語っていたのを思いだす。

もっと詳しく知りたい人は、マニア向けのサイトが
多くあるので説明はそちらに譲ろう。



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このように、客車内部も当時のままで、かなりいい状態で保存されている。
これは1930年代の製造で、
以前、出雲で見た正法寺電車の客車と同じくニ軸車である。
別府鉄道の廃線が1984年であるから、50年近く使用されたことになる。
天井の曲線とライト、ワニスで光った内装が、
なかなかレトロで(あたりまえか)おしゃれな感じである。

ヨーロッパとかアメリカではこのような古い鉄道が
動態保存されていて、観光資源にもなっているものもある。
日本は採算性が取れないとすぐに廃止されてしまう。
急なものだから、手の打ちようがない。

やっぱり、鉄道は動いていくらのものだから
産業遺産として価値あるものは
NPOなんかで基金を募って、残せないものだろうか。
でも今の時勢、安全面で規制が厳しくて
継続的な維持管理が難しいだろうな。


しかし話は飛ぶけれど、このごろ
なんか変な、「安心・安全」の世の中だと思うのは私だけかしら。








図説 別府鉄道 (RM LIBRARY (38))

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