「トルコ行進曲」とは何だったか オスマンVSヨーロッパ(新井政美)

トルコ行進曲は、実はオスマン軍楽隊音楽を、
異国趣味としてベートーベンやモーツワルトがリメイクしたものだ、
というところから始まる。

高校の世界史の教科書では、ローマ帝国分裂後の東ローマ帝国は
あまり取り上げられることも無く、
歴史の中心はヨーロッパ社会へ移ったような感覚でいたが、
実は、東ローマこそ、ローマ帝国流れを組む、世界帝国だったことがわかる。
ローマ帝国分裂後の、東ローマ帝国の歴史を面白く読むことができた。






アレクサンドロスの東征により、ギリシャ人ははじめて東方世界を知り、
その死後、バクトリア、シリア、プトレマイオスなどの諸国が
東方貿易の通商路を整備し、当方の物産が西方世界へ伝わった。

絹を産する国、セレスあるいはセリカ、すなわち中国の名も伝わった。




東ローマ帝国は、ローマ帝国の運営手法を踏襲する
コスモポリタンな帝国であった。
強力な軍事国家であり、
特にオスマン軍は統制の取れた最強の軍隊で、
ヨーロッパ社会に大きな影響を及ぼした。






メフメット2世は自らアレクサンドロス大王をなぞらえていた。
アレクサンドロスの記憶は地中海地方に生きつづけ、
イスラム圏の人々も受け入れていた。
メフメット2世は、大王が東西文明の融合を図っていたことにも惹かれていた。






ベネチアの進出

9C初頭にビザンツの守護下にビザンツとフランク王国との中継貿易を行っていた。
イスラムの進入に対しても、ビザンツ軍と共に対抗していたが、
自国の商業的利益を重視して、イスラム教徒との交易も行っていた。

さすが、ベニスの商人である。

東方からは、香辛料、シルク
西方からは、鉄や硫黄であったが、収支をまかなえないため、
結局、奴隷が西方から送り込まれる。

これを見ても、東方は軍事力、文明に共に西方に勝っていたことがわかる。




国境の出現


スレイマンの死後、オスマン帝国はいわゆる領土拡大が無くなり
ここに、東西の国境が現れる。

それは、テサロニケ(ギリシャの都市の名)の主教が
「トルコ人はイスラムとキリスト教が究極的には一致する一神教の仲間である」と
書き記したような、オスマンによる東西の融合は終わりを告げ、
むしろ、カトリック教会のかたくなな態度が、台頭することになる。






徴税請負制(イルティザーム)

エジプトなどの遠隔地で行われていた税制
特定の地域の徴税権が競売にかけられ、
政府は落札者から租税相当額を前払いで入手した。

地方社会の変動にかかわらず、確実に徴税でき、地方の復興もでき、
請負人により、地方の把握もできると考えていた。

徴税権を競り落とした、中央の裕福層は徴税の現場を知らず、
徴税権は、地方の有力者へ下請けに出された。
彼らは、しだいに富を蓄え、大地主と転化する。


どこの国でも、どの時代でもよくある事例である。




他にも興味ある事項が満載のトルコ史である。






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