旧北陸本線 敦賀~木ノ本(旧柳ケ瀬線)廃線跡を走る

関西から敦賀へ向かうとき、新疋田駅あたりから上下線路が交錯して、登り線はループトンネルになっている。
それに、「新疋田」という駅名すら、なぜ「新」がついているのか、何かいわくありげだと思っていた。

調べると北陸本線は開設当時は、疋田から東へ向かい、柳ケ瀬トンネルを通り、今の国道365号線をトレースしながら余呉方面へ向かっていた。そのトンネルなどが今だ残っているので行ってみた。

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鳩原信号所

敦賀から、国道8号線を南下し、まず鳩原信号所跡にやってきた。
鳩原信号所は、深原トンネルができて、旧線が柳ケ瀬線となった時にその接続点として、信号所が設けられたもの。

遺構としてはわかりにくいが、待避線跡のようなものが線路わきに残る。

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田んぼ側の擁壁には、おそらく築造年の1957-4の文字が残る。
1957年は深坂トンネル開通の年である。

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信号所から疋田方面を見る。左には、赤いコンクリート境界杭が並び、明らかに線路跡と思われる残地がある。
向こうに白く鉄路をまたいでいるのが、ループ線の横断橋である。

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疋田(愛発関)と 敦賀~琵琶湖運河跡

愛発(あらち)は日本古代三関の一つと言われているが、この疋田あたりにあったという説もある。
旧北陸線もやはりここを通っている。
街中には旧線のそれらしい遺構はないが、街中に水路が流れていて、これが敦賀と琵琶湖を結ぼうとした運河の一部であるという。
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ただでさえ急峻な山に運河の構想があったとは、ここに来て初めて知った。
街角に小さな展示室があったので入ってみる。

運河開削のための測量図が残っている。
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運河構想の年表まであって、古くは平清盛が息子の重盛に命じて、工事を始めたが岩盤に拒まれて断念したという言い伝えまである。
その後、後人により幾たびも試みられたが、開通までは実現しなかった。
よほど、日本海~琵琶湖の物資運搬ルートの確保が重要視されていたと思われる。

しかし、江戸時代には敦賀から疋田まで、川を高瀬舟でさかのぼって、牛車に積み替え山越えして、琵琶湖の大浦まで米などを運搬したようだ。

高瀬舟の復元模型が展示されていた。俵が18個ぐらい乗る。俵6kgとして積載量100kgぐらいだろうか。

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疋田付近になると川が急流で浅いので、船底に「ころ」を敷いて引き上げたらしい。その実物も展示されている。

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今回、偶然にも疋田で日本海~琵琶湖運河構想を知ったのは大きな収穫であった。


小刀根トンネル

いよいよ、今回のメインメニュー、小刀根トンネルである。
旧北陸線(柳ケ瀬線)は疋田から、国道8号線~県道140をほぼトレースしている。
刀根トンネルを抜けると、すぐ目の前に小刀根トンネルが現れたのには少し感動を覚えた。
手前の刀根トンネルも、実は鉄道トンネルだったものを拡幅しているのだ。
だから、線形上に次の小刀根トンネルが現れるのだ。


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小刀根トンネルは、明治14年に開通し、逢坂山トンネルに次いで日本で2番目に古いトンネルである。
トンネル頂部の要石の銘板がそれを物語る。

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内部に入ってみる。ひんやりして汗も引く。
馬蹄形で、覆工上部はレンガ、下部は岩盤そのままを利用している。

おそらく、長年の汽車の噴煙で黒光りして美しさを感じる。

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延長は56mであるから、ゆっくり歩く。
坑口の反対側にしばらくたたずむ。

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西洋から近代土木技術が輸入されて間もなく、これを作った技術者や名も知れぬ土木施工者のことを思いやる。



柳ヶ瀬トンネル

小刀根トンネルの次は同時期に作られた柳ヶ瀬トンネルである。
明治17年に完成し、延長1.3kmもある。
現在も、補強し、信号制御で片側通行の県道として供用されている。

6分ほどの信号待ちの後、内部に進入する。

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対向車が来るとまずいので、止まっての撮影はできない。
走りながら観察すると、待避所があちこちに残り、セントルは当時のまま残っている。

木ノ本側口から覗き見た内部。
覆工は上部はレンガ、下部は石積である。強度的に合理的である。
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伊藤博文の石額「萬世永頼」のレプリカ(実物は長浜の鉄道スクエアにある。)
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漢文の「柳瀬道碑」
完成当時の工務官がしたためたようだ。
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かつて建設にあたり「萬世永頼」(鉄道が世のために長くはたらいてくれ)と願ったように、今でも柳ヶ瀬トンネルは供用されているのが素晴らしいと思う。
そう思いながら旧北陸線跡の国道365線を、余呉まで走った。









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